「また私たちを殺すの?」
彼女は確かにそう言った。
その言葉はリーアの手元を狂わせ、本来であればコアまで真っ直ぐに切り下ろす筈だった剣撃は僅かに傾き、彼女の顔から肩までを斜めに切り裂くに留まった。
「くそ!」
リーアは剣を引き抜き、数歩下がる。
そこに、いつの間にか再生していた従者のスライムが飛び掛り、彼を床に押し倒してしまった。
2人の従者は彼を押さえ込みながら腕を振り上げる。
どちらも表情は険しく、主に害を成されて怒っている様だった。
腕の先を鋭利に変化させ、まさに振り下ろさんとしたその時、主のスライムが発したであろう、鈴を鳴らすような声があたりに響いた。
「やめなさい」
「っ!…申し訳ございません」
従者の体が僅かに震え、彼の拘束を解いて、離れた。
リーアは慌てて上体を起こし、スライムの様子を伺う。
既に通常種のスライムは再生を終え、大型スライム周りに寄り添っている。
肝心の主スライムはいつの間にか切り裂いた顔が元に戻っており、相変わらずテルルの上体を抱き締めたままだった。
従者のスライムがばつの悪そうな表情をして、主に縋る様に座り込んでいた。
「マスター…申し訳ございません…勝手にあんな事を」
「…ごめんなさい」
2人の従者がそれぞれマスターと呼ばれたスライムに謝っている。
下半身は同じだけにどこか妙な光景だった。
リーアは立ち上がって、剣を鞘に、盾を背に戻す。
彼が立ち上がるのを見て、従者2人が警戒した様子を見せるが、主が首を横に振り、2人を制した。
そして、主スライムはリーアを真っ直ぐ見据えたまま、流暢な言葉で話し始めた。
「初めまして、私はエイリと申します」
「言葉が上手いんだな…」
エイリと名乗ったスライムはテルルを抱いたまま、彼の前まで近寄り様子を伺っている。
そして、彼の殺意が薄まっていることを察し、話しかけてきた。
「あの娘達が失礼なことを…申し訳ございません」
「…俺はお前を切ろうとしたんだぞ?」
殺そうとした相手に謝られるのは変な感じだった。
エイリは首をひねるリーアの顔色を伺うように言葉を紡ぐ。
「落ち着いて頂けましたか?私共は貴方に害を及ぼしたりは致しません」
「…どういう事だ?」
「それは……貴方が『あの人間達』とは違うからです」
エイリは語った。
自分を含めてここに居る魔物達は元々この村に住む人間であったと。
小規模の村であり、大戦に加担しなかったこの村には、魔物・人間が静かに暮らしていた。
大戦末期のある日、傷ついたスライムがこの村に逃げ込んできて、状況が一変する。
スライムを追ってきたのか、元々この村に目をつけていたのか、反魔物派の討伐隊がこの村に訪れた。
1度目は食事を振る舞い何とか引き取らせたが、2度目は無かった。
5人の男達は狭い村の中で人間も魔物も一様に切り捨てていく。
エイリは傷ついたスライムの面倒を見ており、討伐隊の襲撃の中、スライムを抱えて逃げる途中で討伐隊の1人に背中を切られ、勢いあまって井戸に転落した。
傷は深く、井戸の水があっという間に赤く染まった。
上から誰かが様子を見ていた気がするが、出血量から助からないと判断されたのであろう、井戸には蓋をされた。
スライムはエイリの影に隠れており、難を逃れたが、エイリ自身は出血と転落のショックで気を失っていた。
そして、エイリが気がつくと時は夜になっていた。
井戸の底に聞こえるのは、どこか離れた所で聞こえる宴の喧騒だけだ。
背中の傷は痛まなかった。
彼女はふとスライムの様子が気になり、隣で寄り添うスライムに目をやると、そこには悲しげな青い瞳が有った。
どうしたの?
そう問いかける彼女に、スライムが答えたのは『ごめんなさい』という言葉だった。
エイリは考えた。
背中の傷がそんなに早々治る筈が無いと、そして、水に浸かった傷からはかなりの血が流れただろうと。
それでも今自分の意識がしっかりしているのは何故か、何故この娘は私に謝るのか。
そして、何故、漆黒の闇の中で、この娘の表情が分かるのか…
エイリは自分の手を見た。
答えは1つしかなかった。
彼女はスライムになっていたのだった。
エイリの語りが終わる。
「…」
リーアは何も答えられなかった。
大戦当時、反魔物派の中では魔物や魔物に組する人間は全て絶滅させるべしと、当然の事として行われていた。
その事実を自分も知っていたからだ。
「…分かっております、貴方方の中では当然の事なのでしょう」
しかし、とエイリは続ける。
エイリは教会の地下聖堂と井戸が壁を挟んで接している事を思い出し、2人で壁を崩しに掛かった。
スライム特有の軟体と人間の時より活性化された身体で岩を抜き去り、崩す。
20分ほど岩を砕き、崩して穴
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