太陽も漸く西に傾き始めていたが、それでもまだ忌まわしい日の光は煌々と街を、城を、そして何よりもあの吸血鬼を照らしていた。
薄いレース状のカーテンで窓を覆ってはいるが、生地は薄く、窓の向こう側が見えている。
それは日の光をさえぎる力などほとんど無い。
陽光に照らされながら、吸血鬼は見た。
部屋の向こう、壁際から一気に駆け出す幼子のような魔物を……
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姿勢を前傾に、彼女の出せる目一杯の速さで氷雨は走る。
当然部屋はそこまで広くないので、あっという間にラピリスに肉薄する。
ラピリスは剣技による妨害を仕掛けてこなかった。
「一つ!」
「!」
目の前まで踏み込んだ氷雨は低い姿勢から、真下からの切り上げる斬撃を放つ。
短剣に込められた濃い風の魔力が仄かな光の軌跡を作った。
それ自体はラピリスにあっさり回避されるが、氷雨の動きはそこから更に激しくなっていく。
「二つ、三つ、四つ、五つ!!」
「っ!…!!」
ラピリスでさえ苦しそうな吐息を吐いたそれは、加速する斬撃。
氷雨は数を数えながら、その数だけ斬りつけた。
2連撃、3連撃、4連撃と徐々に斬撃が速くなり、一太刀当たりの速度も目で追うのが辛くなり始めた。
各連撃の間に一瞬間があり、ラピリスは少しずつタイミングをずらされていく。
そして、最後に放たれた5連撃は流石のラピリスも危機感を覚えたのか、刀で受け止められてしまった。
「まだまだ!!」
「くっ…」
刃と刃を合わせた状態で氷雨は楽しそうにそう言い、ラピリスの視界から消える。
ラピリスは今の剣技に少し驚いたが、それだけだ…氷雨が自分の頭上を飛び越えようとしていること位は気配だけで分かった。
だが、氷雨は空中からも再び斬撃を浴びせてきた。
それは先程よりも更に多く、更に早く。
「六つ、七つ、八つ、九つ……」
「舐めるな!」
6連撃、7連撃、8連撃、9連撃、一振りずつ増える斬撃は既にラピリスの目ですら追うのがギリギリ間に合う程度の速さで、白い軌跡を残しながら襲い掛かる。
ラピリスには『自分の目で追うことも危うい斬撃速度』を半人前程度の氷雨が生み出せる事には流石に驚きを隠せない。
だが、それでもラピリスは30にも及ぶ斬撃は全て避け、受けきった。
手応えを感じる事の出来なかった氷雨は着地した瞬間、確認もせずに振り向きながら、再度短剣を振るった。
ラピリスの反撃は一瞬遅い、間に合わなかった。
その数は最多、その速さは最速。
「十!!」
ラピリスには見えた。
いや、見えたというのはあくまでも短剣の軌道だけである。
氷雨の短剣が振るわれた軌道は魔力と速度の為か、白い軌道を残しているので分かる。
ラピリスは分かった。
高速で多量の斬撃は、短剣だけが生み出しているわけではない。
何故なら、短剣の軌道以外の場所からも『斬撃の白い軌跡』が迫ってくるからだった。
実際のところ、確かに短剣はラピリス自身に向けて振るわれている。
だが、それ以上の数の斬撃の軌道が、その周辺から時間差をつけて迫ってきていた。
それらを回避、防御しながらラピリスは考える。
(そうか…魔法剣とはそう言う事か…)
風術を込めた魔法剣は斬撃の高速化と風刃による手数の増量が目的だった。
前半の斬撃では風刃を起こさず、高速化のみを付加していた為、気づくのが遅れた。
(中途半端な魔術と剣術では此処までの魔法剣にはならないはずだが……)
それでもラピリスは思案しながら、9の斬撃の回避と防御に成功する。
最後の一振りはそのどちらをする必要もなく、ラピリスにかする事も無い方向に放たれた。
全てを防ぎきったラピリスの姿勢は低く、しゃがみこむようなものであった。
一方の氷雨は最後の斬撃を加えた時の位置から動いていない。
「…速いな…」
「そうじゃろう…あれにはわしもついていくのが大変じゃった」
間も無く訪れた静寂の時間、最後の10連撃を目の当たりにしたスレイは感嘆の声を漏らした。
それは魔術による効果を付加しての結果ではあるが、それでもその力に振り回されて制御不能になるわけでもなく、ほぼ正確な斬撃に転用できている。
(しかし、魔術を見ると言われていたのに、魔法剣で近接戦闘をするなんて何を考えているんだ?)
スレイがそんな事を考えていると、ラピリスがゆっくりと立ち上がる。
実はこの時のラピリスは少し本気を出して防御をしていたのだが、それを億尾にも出すこともなく彼女は氷雨に声をかけた。
「見事な魔法剣と立ち回りだが、純粋な魔術の実力にはやはり自信がないのか?」
「……」
氷雨は押し黙った。
そして、そのまま短剣をラピリスに向かって突き付ける。
「私の魔術は既に終わってます」
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