その日、セイレム学園は地獄と化した。
アルトリア達が化学実験室に逃げ込んだ時点で、学園に居る人間の大よそ7割がゾンビ達の手に落ちている。
今、化学実験室ではアルトリアはレインの傷を手当し、ティクが代表で互いに自己紹介を行っていた。
「…俺はティク、でこっちの気弱そうなのがアルトリア、そっちの馬鹿がレインだ」
「あ〜そういえばそんな名前だったわね、私はトロメリア、こっちがクレン」
「…まったく覚えてないぜ…」
「気が合うわね、私もよ」
性格や態度が対照的な2人について、男学生3人は名前に覚えが無かった。
一方の女学生も3人の名前を正確には覚えていなかった。
アルトリアはピンセットをエチルアルコールで消毒し、レインの左拳に刺さっている硝子片を取り除いていく。
切り傷だらけの左拳は後から後から鮮血が滲み、硝子片が見えなくなるが、幸いそれほど細かい破片は無く、目立つ硝子片はすぐに取り除かれた。
「ふぅ…一先ずはこれが精一杯…後は止血しないと…」
「いでぇ〜…止血って言ってもな…包帯なんて無いぞ…」
「となると、保健室に行かないとだめだな」
その発言にクレンが青褪め、トロメリアが激昂する。
「ちょっと!、私達にまたあの化け物の中を逃げ回れって言うの?」
「私も…あんな怖い思いは…嫌です」
だが、レインの傷は止血と化膿止めの為の治療が必要であった。
この状況下で感染症や化膿にでもなれば命に関りかねない。
「とりあえず、適当な布でも消毒して巻いておいた方がいいな」
「う…あんまり嬉しくないけど…仕方ないか…誰か持ってる?」
「あ、僕が」
アルトリアは大き目のハンカチを取り出すと、エチルアルコールにつけて消毒し、レインの左拳に巻いた。
じくじくと沁みる痛みに、レインはしばらく耐えていた。
すると、クレンが声を上げた。
「…どちらにしろ、いつまでもここに居るわけには行きません…よね…何とか学園を脱出して自警団に知らせないと」
「そう…ね…癪だけど何とかして学園から逃げ出さないと…」
現状でこのまま篭城を続けても、いずれジリ貧に追い込まれる。
今は学園の中で起きているが、これが街に広がれば、どうにもならなくなってしまう。
先程、窓縁の石道を這って歩いた時、学園敷地内にゾンビは居なかった。
あくまでも、校舎の中で暴れているだけである。
となれば、学園を脱出して誰かに知らせることが最善の方法であった。
ティクは痛みが馴染んできたレインに声をかけた。
「レイン…あれ…出来るか?」
「ウゥ〜、傷が痛いけど多分大丈夫」
「レインさん…何するの?」
ティクとレインのやり取りに、クレンが首をかしげて疑問を口にした。
ティクはにやりと笑うと、周りの棚や机、椅子どけ始める。
「レインは魔術が使えるんだよ…周辺の探知魔術がな」
「!、そうなんですか?」
「…うん」
レインはその場を立ち上がり、ティクが作ったスペースに座り込み、目を閉じた。
他のメンバーも彼から距離を取り、同じように座り込む。
やがて、周囲の空気が変わる。
薄くも無く、濃くも無い、なんとも言えない量の魔力が練りこまれる。
そして、彼の眼が開かれた。
濃い緑をしたそれは、薄暗い実験室の中でが薄っすらと光っていた。
練りこまれた魔力はやがて、レインを中心にして、緑の光となって床に魔法陣を描く。
「散!!」
描かれた魔法陣が解けて紐の様になり、蠢き出す。
やがてそれらはレインの正面で、形を変え、四角く構成される何かの形へと変わった。
「これって…」
「静かに」
「………分かった」
「記!!」
それらは明確に建物の見取り図を描き、部屋や廊下が示される。
そして、部屋や廊下の見取り図には色の違う光点が現れ、右往左往している。
「ハァ…ハァ…ンクッ…ハァ…」
「大分疲れたのね」
「こいつはこれを滅多に使わないからな…やるとすぐバテるし」
これは何?
クレンがそう問いかけると、アルトリアが静かに答えた。
「これはレインの魔術…建物の見取り図と、その中に居る生物・人・魔物を探知する術だよ…」
「ふ〜ん…こんな学園に通ってる割には珍しい物持ってるのね」
「生来の術らしいがな…こいつ、これ以外何も使えないんだぜ?」
「…という事は、魔術で何とかする…っていうのはできないんですね…」
クレンは残念そうにそう漏らしていた。
一方のティクはだせぇな、とレインをからかっているが、どう見ても本気では無い。
いつものじゃれ合いなのだろう、トロメリアはそう考えた。
この学園では魔術の講義はしても、魔術の実践は余り行われない。
魔術師を目指す物は専門の養成学校に通うからだった。
「…とりあえず、この見取り図から、情報を集めましょう?」
「おっと…そうね、本題を忘れるところだ
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