大図書館の読書用机を挟んで、少女と司書が向かい合って座っていた。
司書…ルーイェは少女が過去の魔物と人間が争っていた時代の記録を読み漁っているのを知っていた。
「一つ昔話をしてあげる」
「昔話?」
自分の同僚の話、彼女はそう言った。
ルーイェの口から紡がれる言葉は鈴を鳴らすような響く声であった。
――――――――――――――――――――
年代不明
その日、デュラハンの少女スレイを乗せた船はジパングの港に接岸した。
木造帆船が送り届けた彼女の姿は普段着込んでいる鎧とは異なり、黒のワンピースを着込み、片手に黒に鞄を携えている。
スレイ日光を避ける為の日傘をたたみ、首に巻いていたショールを外した。
それはいつもの騎士の出で立ちとは異なる、所謂どこにでもいる少女の姿であった。
何故彼女はこんな場所にいるのか、それは彼女は従事していた作戦が完了し、次の任務につくまでの間、休暇を貰っていたからだった。
その休暇の初日に彼女は次の任務に従事する地、ジパングに降り立った。
そこはジパングの中でも中程度の規模を持つ漁港。
朝の日差しの中、周りは洋服やジパング特有の『着物』を来た男女が行き交っている。
元々ジパングは魔王交代以前から魔物と人間の共生関係が構築された希少な国家。
畏敬を込めて妖と呼ばれていた時代から、人間と魔物が共に暮らしていた。
そして、魔王交代、海神の態度の変化を境にジパングは海洋産業を前面に押し出した国家となる。
海神や海洋の魔物達の加護を背景に国に数多くある漁港を生かし、親魔物派・反魔物派を相手に交易を行っていた。
特に海路を全て遮断された、大陸にある反魔物派の国々にとっては、ジパングを介した交易は生命線に近い。
そんな彼らを商売相手にすることで、ジパングはかなりの利益を上げていた。
スレイはそんな海洋産業の状況調査のためにジパングへ赴いたが、そのためだけに来た訳では無い、無論休暇を満喫する目的もあった。
それは……
「スレイ!」
「あ…ショウ♪」
ある1人の男性と会うため。
彼女は自分の思い人をジパングに残していた。
いや、正確には昔、彼女がジパングを訪れ、彼と出会い、恋に落ち、結ばれ、そして一時の別れをしていただけだ。
今回は一月半ぶりにジパングに来るという事で、彼はわざわざ、スレイを迎えに漁港まで出ていたのだった。
「久し振りだね、スレイ」
「そうだね、ショウ…ンチュ…」
2人は船を下りたところで再会し、その場で抱き合い口付けを交わした。
すると、2人があまりに強く唇を貪りあったため、スレイの頭が後ろにポロリと転がり落ちた。
「あ…ごめん」
「ぁんっ…構わないから…早くボクを抱いて…」
首が取れて、スレイの本音が漏れ出した。
ショウは公共の面前での大胆発言に赤面し、慌てて彼女の頭を拾い上げ、スレイの首に頭をはめた。
「と…とりあえず、俺の家に行こう…まずはそれからだ…なっ?」
「はぁ…ぁぁ……あ…うん…」
そして、ショウは彼女の荷物を持ち、スレイは彼に寄り添い、そそくさとその場から離れた。
かなり目立つことをしてしまった自覚は有るらしく、周囲の目から逃れようと、早足で漁港から移動する。
漁港を離れてすぐの道は石畳のような舗装こそされていないが、人や物の流通のために、石の類が取り除かれた砂地の街道になっている。
道の両側に商いをするための木造作りの家屋が立ち並び、街道上にも露店が開かれ、人で賑わっている。
商店や露店には近場で取れる魚屋や山村から仕入れた山菜などが並んでいる他、武具を取り扱う店までが軒を連ねている。
2人で人ごみを避けつつ歩いていると、脇からスレイ恨めしい言葉が聞こえてきた
「む〜…お腹減ったぞ〜」
「ま…まあそう焦るなって…もうすぐ着くから…な」
「…分かってるけど…ボクはお腹が減ってしょうがないんだからね?」
1月半、その間スレイは他の男の精を摘み食いしたりせず、食物の経口摂取で何とか魔力を維持してきた。
だが、魔王軍の任務やギルドの活動でどうしても魔力は失われる。
他の独身の魔物達は一夜の相手をひっ捕まえたり、男婦(男妾とも言うらしい)を雇ったりして魔力不足を補っているようだが、貞操意識の高いスレイにそれはできなかった。
もっとも、飢えていた時に首を外していたら…どうなったかは分からないが…
人が漁港や店が並ぶ中心街から、やや離れた丘を目指して歩いていると、周りの風景が変わってきた。
この町は海水によって滑らかに抉られた海岸線に沿って広がっており、その背後には佇む様に丘が点在している。
そこは街道が砂地のままだが、周囲に広葉樹の広がる少し小高い丘に、普段生活するための木造家屋が並んでいる。
その一角に、ショウの家はあった。
針葉樹の樹
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