少女は物思いに耽りながら、再び本を開いた。
今とは異なり、魔物と人間が激しく対立していた時代、その時代の犠牲となった人間、魔物の事を考えながら、彼女は項を捲る。
次の記述は条約締結後まもなくの、魔物側ギルドの養成機関に通う1人の魔物とそこに勤め始めた一人の司書の手記を書き起こしたものである。
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・聖皇暦316年初頭
親魔物領、エリスライ。
元々は聖王都と呼ばれる大陸最大の都市グラネウスに次ぐ、第二の聖王都であった。
だが、魔王交代の折、突然エリスライの首長が聖王都グラネウスに対して反旗を翻す。
その理由は今もって不明だが、この動きに同調する都市が相次ぎ、聖王都側は大陸の各所で戦線を分断され、一気に窮地に陥ってしまう。
20を超えるほどの騎士団は壊滅、大陸の7割以上の支配権を奪われながら、辛うじて停戦条約を結び、1年を経過し、今に至る。
現在、ここは親魔物派にとっての王都であるが、反魔物派からは畏敬を込めて魔都エリスライなどと呼ばれている。
魔都では条約締結後のギルドの創設に当たり、教育機関も同時に立ち上げていた。
名を国立ネーフィア学院。
ギルドと同じく、創設されてから1年が経つ。
主目的は騎士団からの流入者や魔物達の協力を受けて、人や魔物に教育を行うというものだ。
人の常識と魔物の常識、この2つは簡単にすり合わせることが出来ないことを当時の人間達と魔王軍幹部達は十分に把握していた。
よって、この学院には人と魔物が一堂に会し、勉学に励んでいる。
初等部・中等部・高等部・研究室と一通り揃っており、内容は騎士団の剣術から、魔道学門まで多岐に渡る。
とにかく広い敷地の中には剣術の訓練所、薬草用の庭園、大図書館と設備も揃っている。
とある、高等部では現在、薬草学の講義の時間であった。
教壇にはアルラウネが1人、調合する材料の種類や分量を黒板に細かく記載している。
「はーい、ではこちらの黒いハーブとそっちの真っ白な茸を調合して媚薬を調合してね〜」
「先生…学校で媚薬…ですか?」
アルラウネの教師の言葉に、生真面目な赤いスライムが苦言を呈した。
が、しかし、アルラウネ自身はケラケラと笑い、まったく問題にしない。
「完成品は是非、彼氏彼女に使ってみてくださいね〜」
「…またそういうことを…」
20人ばかりが集まる教室で、材料をゴリゴリと磨り潰す音が響く。
量りを使い、mgレベルの精度での調合が要求される。
「作る薬は媚薬だけど、調合の難易度は高めだから気をつけて〜」
「は…はい…うわっ」
教師の注意を受けた傍から、人間の男子学生が、薬草と茸に混ぜる薬液の量を誤り、煙を上げてしまった。
モクモクと顔に掛かる煙を吸い込み、彼の頬がみるみるうちに紅潮していく。
「あらあら、媚薬を気化させちゃったのね〜」
「す…すみません…」
「あら、いいのよ〜、その媚薬は精力剤でもあるから、つらいでしょ〜、私が何とかしてあげるわ〜」
「え…あの…えっ…蔦が…なんで、隣の、教員待機室に、引っ張っていくんですか?、ちょ…ま…」
彼はあっという間に蔦で絡め取られ、アルラウネ種に有るまじき速さ動く教師に、ズルズルと隣の鍵の付いた教員待機室に引きずり込まれていった。
扉を閉める前に、戻ってくるまで各自調合を続けるように、と言付け彼女は扉を閉め、鍵をかけた。
「は〜い、頂きま〜す」
「アッー」
中から聞こえてくる声は楽しげでもあり、艶やかでもあった。
他の学生はやれやれと言った所。
教育レベルは高いものの、魔物の教師が男子学生を摘み喰いしたり、人間の男性教師が魔物の学生に摘み喰いされたりという事案が割と起きる。
それでも普段は学生も教師も真面目に取り組んでおり、学問がおろそかになるという事はほとんど無い。
アルラウネがつやつやした顔で、げっそりした男子学生を引き摺って戻ってくる頃には、連れ去られた男子学生以外全員が調合を終え、講義の時間も終わりになっていた。
教師は各学生の調合薬の出来栄えを見て回り、問題が無いことを確認すると、教材をまとめて締めに掛かった。
「は〜い、皆さんよく出来ているので、OKですよ〜、ただしさっきの君は全然出来てないので今日の放課後私のところに補講に来る事〜」
「なっ…」
「むふふ〜、みっちり身体に教えてあげるわ〜」
ガタガタと震えだした哀れな学生を他所に、講義は終了し学生達はそそくさと教室を去っていった。
「アルセ〜帰りどこか寄ってくの〜?」
「ん〜、今日は図書館」
「んげ…真面目なんだから…じゃあ私帰る〜」
アルセと呼ばれたレッドスライムは本日最後の講義、薬草学の復習を行うため、図書館で本を借りてこようと考えていた。
図書館は
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