ここはとある国立大図書館。
そこに少女が1人、少々厚めの本を小脇に抱えて、読書用の机に向って歩いていた。
白く広く、静まり返った図書館で、少女が手にしているのは魔物娘達に関する書物である。
この図書館には様々な図書が所蔵されている。
それこそ有史以前の禁断の魔術書から、夫婦の性活を綴った本まで、多岐に渡る。
今、少女が机に座り開いた本は魔物達と人間の関係や生活等を残された当事者の手記や親魔物派、反魔物派の見解や記録等から編纂したものだ。
少女は本を開いた……
――――――――――――――――――――
潮騒がリズムを刻むように響く。
場所は親魔物領。
魔都エリスライから遠く西に300km。
漁港として栄える町、ヴォルマルク。
――――ルシア
その浜辺で、私は波を体に浴びながら座り込んでいます。
水を掌に掬い、掌を見つめると、手の中の海水も私の手も、透けて見えます。
今日も海は綺麗です。
私は立ち上がり、海に向って歩き出します。
水を蹴る音がやがて聞こえなくなり、腰まで海水に浸かりました。
ああ…海は気持ちがいい。
胸まで海水に沈んだところで私は姿勢を変え、空を見上げる。
既に西に傾いた日差しが、私の体を突き抜けてゆく。
波間に浮かぶのは気持ちがいい。
海の上で浮かぶ事は私の毎日の日課。
こうやって海からの力を体に取り込むと共に、私が海の民であったことを忘れないようにしています。
そんな事をして30分程経っただろうか…
彼がやって来た。
――――ノーシュ・クライ
俺は浜辺への道を小走りで進んでいる。
目的は1つ、毎日この時間帯に海に漂う彼女の様子を見に行くためだ。
やがて、海風が強く吹き付けてくる。
いつも彼女が居るのは漁船や交易船が出入りしないただの浜辺だ。
彼女が見えた。
彼女…シー・スライムのルシアはいつものようにそこに居た。
「ルシアー!」
つい、彼女の名前を叫んでしまった。
――――ルシア
私を呼ぶ声が聞こえる…
相手は分かっています。
随分前に浜辺に打ち上げられていた私を助けてくれた方。
そのまま、ギルドに保護して貰いました。
そして、私はそれ以来ノーシュ様の元で生活支え、生活を共にしてます。
しかし、私は海の民、時折こうして海に戻るのです。
そうこうしている内にノーシュ様が浜辺まで降りてきました。
「ノーシュ様?」
「そろそろ、日課は終わりそう?」
「はい…そろそろ満足しましたので、戻りますね」
海中で立ち上がり、ノーシュ様の元に駆け寄ります。
海水で濡れた私をノーシュ様は抱き締めてくれました。
はぅ…そんなに強く抱き締められると照れてしまいます…
――――海の町ヴォルマルク
2人は手をつなぎ、自宅への道を歩いていた。
家の数は多くは無いが、レンガ造りのしっかりした町並みである。
潮風と潮騒と共に有る町だった。
2人が歩く通りは市が開かれる通りであり、人が多い。
人が織り成す喧騒の中、ノーシュが切り出した話はギルドについてのものだった。
「…3ヶ月前の事件…聞いたか?」
「?…はい、何でも魔物と討伐隊が衝突したとか」
「ああ…それでギルド員が多数消息を絶っているらしくてな」
「どうしたんですか?」
それは…と彼は続けた。
周囲の雑然とした音の中で、石畳を歩く足音だけがやけに大きく聞こえる。
「反魔物領のギルドに異動になるかもしれない」
「!?」
見る見るうちに少女の表情は曇り、透き通った瞳からぽろぽろと涙を流し始めた。
「…私は、どうなるのですか?」
「それは…」
「ぐすっ……置き去りにしないで下さい…うぇぇぇ…」
ルシアは往来の真ん中で泣き出してしまった。
幼気な少女を泣かせたというのは体裁がとても悪い。
あっという間に二人の周りに人だかりが出来始めた。
彼は慌てて泣きじゃくる彼女の手を引き、周囲の人の冷たい視線を背に受けながら、自宅まで走った。
――――ノーシュ宅
時刻は夕刻。
彼の家ではルシアを必死に慰めるノーシュの姿があった。
「泣かないでくれよ、まだ決まったわけじゃないんだしさ」
「決まったら、私を置いて行くのですか?、それはあんまりです」
「でも、反魔物領の内陸って話だから海は無いし…ルシアは定期的に海に戻らないとだめだろ?」
話はまとまらず、気不味い雰囲気のまま、夕餉を済ませる事にした。
料理は主として海鮮を用いた物が多い。
漁業が発達している事もあるが、海洋の魔物達と友好関係を結んだことで、良質な魚が沢山取れるのだ。
今夜は焼き魚だった。
だが、この日ばかりは味も素っ気も感じられなかった。
2人とも言葉が無いまま、夕餉を終え、夜を迎えた。
今は布団を敷き、寝る用意をしている。
[3]
次へ
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録