突然降り出した雨に濡れぬよう、一人の男が必死に峠道を走っていた。
隣村への用事を済ませ、自分の村へと帰る途中での出来事だった。
隣村を出る時点で嫌な予感はしていたのだが、案の定彼の予感を裏切ること無く無慈悲にも雨は降り注ぐ。
「(ええい、くそ!どこか、どこかで雨宿りを……)」
小さな山小屋でもあればよいのだが、不幸にもこの峠道にはそのようなものは存在しなかった。
辺りを見渡しながら、どこか避難出来る場所は無いかと必死に見渡す。
どこか、どこかに避難できる場所は無いかと必死に探すと、ふと彼の視界の外れに何かが見える
「(あれは……ありがたい)」
それは小さな洞穴だった。無論どの程度奥行きがあるかは彼のいる場所からは分かるはずもない。
だが今言えるのは、確実に雨から逃れる事が出来る場所であるということだった。
一目散にその洞穴へと掛けていき、幸いにも本降りになる前に避難することが出来た。
洞穴の中から見上げたその雲の厚さから、暫くはこの雨は止まないだろうと胸中で呟く。
「(やれやれ…とんだ道草だ)」
本来であれば何事もなく村へと帰れたはずだったのに、と胸中で己の不運を罵る。
しかし、いくら罵ったところで雨は止む気配はない。
諦めて洞穴の中で腰を落とすが、ふと奥を見るとかなり奥深くまで続いている様に見えた。
少なくとも彼が居る入り口からは、最奥が伺えないほどには深い洞穴だった。
「(あまり長居は不要だが…この雨ではな…)」
雨はますます激しさを増し、暫くはここで足止めを喰らうことになるだろう。
諦めた彼がふと洞穴の奥へと視線を移した時だった。
ゆらりと、洞穴の闇が蠢いた様にも思えた。
眉をひそめ、ジッとその闇を睨みつける。
彼の持つ愛刀―――銘は無いが、彼が侍として名乗る時から在る相棒―――を構え、いつでも抜ける状態にする。
ジッと睨みつけるその闇の中では確実に何かが蠢いていた。
どこか、耳に残る嫌な音とともにそれは少しずつ近づいていた。
限界ギリギリを見極め、ついに彼がその闇に対し制止を掛ける。
「何奴!!そこで止まれぃ!!」
「きゃぁっ!」
彼の突然の大声に、闇で蠢くものが小さな叫びを上げる。その声に、彼は一瞬眉をひそめる。
「(おなご…?)」
このような洞穴の中で、まさか女の声が聞こえるものとは思わなかった彼は一瞬戸惑う。
だが、すぐに状況を理解する、このような場所に居る女など、咎人か妖かしかのどちらかしか無い。
まだ姿がはっきりと見えないそれをジッと睨みつけ、警戒を解かぬまま彼は言葉を発する。
「そなたは何者だ!人か、妖かしか!?名を名乗れぃ!」
「ひゃぁ!…あ、の…お、落ち着いてくださいませ、お侍様…」
闇の中で蠢くそれはどこか観念したかのように、ゆっくりと彼に近づいてくる。
やがて近づいてきたそれの全貌がうっすらと見えてくる。
「…妖かし……妖怪、か…」
ここジパングにおいて、魔物は古き時代より【妖怪】と呼ばれていた。
彼の前に姿を表した彼女もまた、人為らざるその姿を以て妖怪と呼ばれるものだった。
「……はい、大百足の綾音と申します。あの…お侍様を驚かせるつもりは、一切ございませんでした……その…」
上半身は人の身体を、下半身は百足の身体を持つ妖怪、大百足。
人を襲うだけでなく、その姿見から畏怖と嫌悪を抱かれ、ときに討伐の対象ともされるものだった。
しかし、彼女をみる限り、その姿見は噂に違わぬものであるものの、人を襲うようには見えなかった。
人を襲うよりも、どこか人を恐れる様な、そんな様子が彼女からは感じ取れた。
一言話すにもどこかもじもじと、何かを言おうとして躊躇っているかのような。
「あの…ここは……その…」
「……突然の非礼を詫びよう。すまなかった。姿が見えなかったものでな、どうしても用心をしてしまった」
「え?……あ、ぅ」
口どもる彼女の言葉を待つ前に、彼自ら言葉を発する。
「すまぬ、綾音殿。某は峠下の町に住む大崎俊彦と申す。この度は突然の訪問、誠に申し訳ない。雨が止み次第すぐにここを出ていく故、止むまでの間で構わぬ、暫しここで雨宿りすることを許して頂きたい。」
「へ…あ、大丈夫、です。はい……あぅ…」
妖怪相手に下手な行動は反って逆鱗に触れかねないと判断した彼は、自分の素性を名乗り、敵対する相手ではないと相手に伝える。
大声で怒鳴られた後の、彼の紳士的な行動に面食らう彼女だったが、暫くして落ち着きを取り戻すとおずおずと話しかける。
「あの…俊彦様…」
「…そのように改まる必要もない。今は某が訪問者なのだから。」
「あ…はい、あの、ありがとうございます。」
「……何故礼を?非礼を咎められる立場故、礼を言われるとなると…」
「いえ…あの…その…私のことを見て…その、あま
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