冬の寒い日

ドサドサと屋根から落ちる雪の音で彼は目を覚ました。
薄暗い部屋の中で、寝ぼけ眼を必死に開いて時計を見るとまだ6時半だった。
もう少しだけゆっくりと、彼女と一緒にベッドの中で寝ぼけていたい。
それでも彼女の為に少しでも部屋を暖かくするため、のそのそと身体を動かしていく。
彼女がつられて起きぬように、ゆっくりとした動きでベッドから出ると、彼女へと振り向き優しく声をかける。
彼女が起きてしまわぬよう、小さく囁くように。

「おはよう…今日も雪…結構積もったみたいだよ。……寒いから暖炉に火を焚べてくるね」

彼女から離れるときは、必ずこうして彼女へと何をするかを伝えてからにしている。
別に彼女がそうしろと彼に言ったわけではないが、彼女が【眠っている】ときは必ずこうしている。
暖炉に焚べていた火は夜の間に消え、部屋の中は随分と寒くなっている。
部屋の隅に重ねてある薪の中から、大きめのモノ、小さく細めのモノを選び、暖炉の中で積み上げる。
組み上げた薪に火を灯すと、ものの数分で火はみるみる大きくなり、部屋を温め始める。
暖炉に火を焚べるのも、昔に比べれば随分と上手くなったものだと自賛する。
熱くなりすぎない程度に薪を入れ、大よそ十分だろうと判断できるところで暖炉から離れ、彼女の元へと戻る。

「暖炉…火を付けたよ。すぐに暖かくなるからね」

先程と同じように、小さく囁く様な声で彼女へと告げる。
しかし、その声は彼女の耳には届いていないようで、スヤスヤ穏やかに寝る彼女に思わず微笑む。
そんな愛おしい彼女の頭を優しく撫でる。
彼女が、彼女の心を最もよく表す彼女の頭の蛇が、起きてしまわないように優しく、丁寧に。

「ん……ご飯作ってくるね」

暫く彼女の頭を撫でている内に、部屋も大分暖まってきた。
ゆっくりと、名残惜しそうに彼女の元を離れると、台所で朝食の準備をする。
カチコチになったパンを温め、それに合うスープ、凍らないように特殊な保冷室に入れていた野菜でサラダを準備する。
だが、彼が作ったのは1人分だけ。鍋を見るとスープだけは少しだけ多目に作ってあるが。
スープとパン、サラダをトレイに載せると、ベッドの淵に腰を掛け、自分の太ももの上にトレイを載せる。
目を覚まさない彼女の隣で、両手を合わせる。

「…いただきます」

パンをスープに浸し、口へと運ぶ。
咀嚼している間、自分の背後で寝ている彼女の頭をゆっくりと何度も撫でる。
優しく、彼女が起きてしまわないように。
パンを飲み込み、次はサラダを。
同じように咀嚼している間は、優しく彼女の頭を撫でていた。

「…今日も美味しく作れたよ。君に教わったからかな?」

スヤスヤと眠る彼女に、優しく語りかける。
食べ終わるまでの間、彼女の頭を撫でては、ポツリ、ポツリと独り言のように呟く。

「…ごちそうさまでした」

食べ始める前と同じように、両手を合わせる。
何故こうするかはよく分かっていない。けど彼女がそうしていたから、いつの間にか自然とこうするようになっていた。
ゆっくりと立ち上がると、流しで食器を洗う。
冷たい水は、脳天まで響くような鋭い痛みを手に与えてくる。
洗い物が終わり、冷え切った手を暖炉で暖めると、再び彼女の元へ向かう。

「…屋根の雪下ろしをしてくるね。そろそろまた降ろさないと家が潰れちゃうかも」

ゆっくりと立ち上がると、防寒着に着替え、スコップとハシゴを準備する。
家を出ようとした時、大切なことを忘れていたと、慌てて彼女の元へと戻る。

「…行ってきます」

そう言って、彼女の唇に優しく自分の唇を重ねる。
それでも、スヤスヤと眠る彼女は起きる気配はない。
だが、彼は何処か満足そうな表情を見せると、ゆっくりと外へと向かった。

− ○ − ○ − ○ − ○ − ○ − ○ −

初めて彼女と出会ったのは6年前の初夏の頃だった。
彼――名をギルベルトといった――は野草や魔力を帯びた魔草を煎じ、薬として人々に処方する、いわゆる製薬師と呼ばれる者だった。
1つの場所には長く留まることはしない、旅の製薬師として彼は在った。
世界中で己のことを待っている人々がいる、等と大それた考えを持っているわけではなく、単純に世界を見て廻りたかっただけだ。
病や怪我に倒れる人と出会っては、薬を作り、処方し、そして時には薬の作り方そのものを教えながら、彼は世界を回っていた。

彼が此の街にきたのは、本当に偶然だったのだろう。
たまたま訪れたこの山間の街でも、彼は必要とされていた。
怪我やちょっとした体調不良等、簡易な症状であれば彼の薬で忽ち改善していった。
しかし、彼の持つ薬も無限にあるわけではなく材料が必要になる。
足りないのならば取りに行くしか無い。
そうやって彼は、"いつものように"街から離れ、山の中へ薬
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