全部吸って

「汝に神の祝福を。そして世を照らす光とならんことを」

うやうやしく跪き、神の祝福を受ける少年。
歳は12といったところだろう。
その体には幾つもの生傷が刻まれ、並々ならぬ努力をしていたことが伺える。
そして今まで培ってきた技術が、心が、神の祝福を受けて今開花する。

「汝は今、勇者として目覚めの時を迎えた」
「…はい!」
「勇者レムナよ、世を乱す悪に正義の光を…そして、世に平穏を。貴方ならばきっと成し遂げるでしょう」
「はいっ…司教様」
「良い返事です…さぁ、今こそ旅立ちの時です。貴方の行く末に…神のご加護が有らんことを」

その言葉を受け、少年はその場でもう一度うやうやしく礼をしたあと踵を返し、
振り返ることなく教会の外へと向かう。
辛く厳しい修行に耐えたのも、今この瞬間を迎えるため。
そして、邪悪が蔓延るこの世の中に、神の正義を知らしめるために。
少年の、勇者としての第一歩が今まさに始まった瞬間だった。


………………………………………………………………………………………


一人旅は心細く、何度も育った街を振り返っては己の使命を思い出し歩みを進めた。
やがて振り返っても街が見えなくなる頃、漸く少年は振り返ること無く歩み始める。
そうして迎えた、初めての夜。
完全に日が落ちてしまう前に、近くの森から枯れ枝を集め野営の準備をすすめる。
かき集めた枯れ枝を組み上げると、少年はそれに向かって右手を伸ばし、小さく呟く。

「……"紅蓮の煌めき"よ」

瞬間、組み上げた枯れ枝は瞬く間に炎に包まれ、バチバチと音を上げる。
柔らかな炎の温もりに触れ、緊張続きだった少年の顔からも漸く力が抜ける。
安心した所為か、少年のお腹からは少年の意思とは無関係に音がなり、早く何かを食べたいと騒いでいる。
街を出る前に買っていた干し肉を火に掛け、暫く炙っていると良い匂いが立ち込める。
熱々の肉で火傷をしないようにしながらも、あっという間に平らげた少年は、
2つ目の干し肉を炙り始める。
その時だった。
背後から感じる何者かの気配に、少年は剣を抜き、気配のする方へと向き直る。

「誰だっ!」

力強いその言葉は、周囲に広がる深淵にかき消されること無く響き渡る。
剣を構え、未だ闇の中に漂う気配に意識を集中する。
だが、その気配は少年の声に臆すること無くゆっくりと近づいてくる。
やがて、焚き火が照らす灯りの範囲にその気配は足を踏み入れる。

「あらあら、いい匂いがすると思ったら…くすくす、随分可愛い子がいたのね」
「…っ!魔物!」

闇から現れたのは、人に似た姿を持ちながらも人とは異なる存在。
頭から生えた禍々しさを覚える角に、蝙蝠を思わせるような一対の羽が腰から生えている。
クネクネと蠢く尻尾の先端部は、どこかハートの形を思わせるような形をしていた。
冒険者とは言い難い、明らかに露出面の多い衣装に身を包み、その身体つきを強調している。
秘所をぎりぎりで隠し、露出した下腹部にはハートを象った紋様が刻まれていた。
豊満で柔らかそうなその胸とくびれた腰付きは、街にいればどんな男でも振り向かせるだろう。
長く腰まである赤茶の髪の毛は、綺麗なストレートで夜風にサラサラとなびいている。
古より人に近づき、人の生気喰らうとされたそれは、サキュバスと呼ばれる魔物だった。

「ふふ、でもそんな危ないもの持ってちゃダメよ、ボク?くすくす
#9829;」
「うるさい!魔物め!」

どこか少年を煽る様な口調の彼女へ、少年は裂帛の気合と共に斬りかかる。
十分に広がっていたはずの間合いは瞬く間に詰められ、強力な一撃が振るわれる。
だが、上段から大きく振りかぶったその一撃は、彼女に当たること無く地面を切り裂く。

「あらあら…見た目と違って随分とつれないのね…ふふ」
「うるさい!覚悟しろー!」

だが何度切りかかっても、彼女はのらりくらりと少年の斬撃を躱してしまう。
勇者としての使命感が少年に焦りを生み、結果として単調な斬撃となってしまっていた。
だが、それに少年は気づくこと無く、闇雲に剣を振るう。

「くそぉ…ちょこまか逃げるなっ!」
「うふふ…そんなこと言われても逃げなきゃ斬られちゃうじゃない、くすくす…って、あら?」

彼女の背後には巨木が立ちふさがり、彼女の逃げ道を塞いでいた。
このチャンスを逃すまいと、少年は彼女の喉元ギリギリに剣を突きつける。
剣を突きつけられ、両手を軽く上げ降参の意を示す彼女だが、その顔には笑みが浮かんでいる。

「あらあら…ふふ、捕まっちゃったわね」
「…覚悟しろ!」
「……その剣を、私に突き立てるつもりかしら?」
「そうだ!…悪いやつは僕がやっつけるんだ、僕は勇者だから!」
「そう…くすくす」
「な、何が可笑しいんだよ!もうお前は…」

少年があとす
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