時を遡り、その日の朝。
澄み渡る早朝の街道を、カッポカッポとゆっくりなペースで蹄を鳴らす1台の馬車があった。
「さってと、この調子なら明後日の朝くらいには町に着くか」
幌の張った馬車の手綱を握る青年は、手元の地図と相談しながら一人ごちた。
そしてチラリと幌の隙間から荷物を確認する。荷台にはトマトなどの野菜や材木、蜜蝋などその他諸々の交易物資が乗せてある。
「あとはこの先にある関所を越えればいいんだが……」
地図上の目的地を指で差し、ルートを確認する。その指先は、今青年が進む街道の国を越えた港町の上に置かれている。
それをまじまじと眺め、
「はぁ……正直行きたくねーなぁ」
と嘆息まじりに下を向く。かと思いきや、今度は顔を上げて、
「けど、やるっきゃないか。この仕事が終われば、当分は金に困らないほどの報酬が待ってるんだからな!!」
と自身を鼓舞し始めた。なんとも変わり身の早い男である。
「そうだ。この金さえあれば、歓楽街の女の子とニャンニャンしちゃったり、色々エロエロできる!エロエロ!エロエロッ!!」
しかも、目の前のニンジンがエロスときた。なんとも俗世に塗れまくっている男である。
男が懐からこの一帯の地図を取り出した。
(今の所は怖いくらい順調だ。まだ神様にも見放されてないみたいだ)
地図を眺めて、軽薄そうにニヤリとほくそ笑む。盗賊や事故にも遭わず、天候にも恵まれ、ここまで何ら支障なく来る事ができた。
このまま順調に行けば、エロエロはもう目前だ。
ふと、ニヤニヤと地図を見ていた青年がお祈りをするように胸の前で手を組んだ。
「東の、えーと……ジパングっていう国の神でも、うちの国の神様でもいいから、どうか何も起きませんよーに。このまま仕事成功させて下さい。お願いします。マジで」
私は無神論者です、と公言するような祈りをささげる青年。
敬虔な信徒ならを激怒する事間違いなしのお祈りだったが、しかして青年の願いは真剣そのものだった。
この仕事は絶対に成功させたい。そんな気負いがありありと見て取れるほどだ。
「いやむしろ、頼むならエッチで美人なおねーちゃんが俺の目の前に降って湧いてくる方が……神様!そっちの方もどーか、お願いします!マジで!!」
敬虔な信徒なら最早武器を手にして襲い掛かるレベルのお祈りだったが、悲しい事に青年のこの願いも真剣そのものだった。本当に残念すぎる。前の願いよりも真剣だというのがさらに残念具合を煽っていた。
しかし、どうやら物好きな神様がそんな残念な願いをする青年を気に入ってくれたらしい。もっとも、神は神でも疫病神という名の神様だったが。
ヒュゥゥ……
と、その「音」はどこからともなく、突然聞こえてきた。
いや、突然という訳ではなく、不真面目なお祈りを真面目にやっているために「それ」がすぐ近くに来るまで、気づかなかったのだろう。
後に自分の運命を大きく変える、ある意味奇跡の音に。
ヒュゥゥゥゥゥゥ……
(……ん、なんだ?)
何かが飛来する音に青年が気づいた瞬間、
ドスンッ!!
と、今度は激しい衝撃音と共に馬車の荷台が大きく揺れた。
「うおっ!……どうどうっ、落ち着けっ!……いったいなんなんだよ、落石か?」
衝撃で暴れる馬を御しつつ、青年は辺りを見回す。
「……って、こんな開けた街道で石なんて降ってくる訳ねーか。それより積荷は!?」
音の出が積荷だとようやく思い至った青年は、青い顔をして幌の口にまわる。
(どうか、積荷が無事でありますように、どこかの神様っ!!)
先ほどの不真面目な祈りをしつつ、幌の幕を開く。そして、その祈りはしっかりと聞き届けられた。
無論、疫病神に。
「うわっ……」
引きつった悲鳴が、幌の中に響いた。
幌の中は、床一面に赤い液体がグシャグシャに広がっていた。まるで桶いっぱいの赤い絵の具を零したかのごとしで、無事だった他の荷箱にも赤い飛沫が転々と飛び散り、さながら惨劇の場を彷彿とさせるものがあった。
「な、なんだよ、これ。どうして……」
惨劇の場を目の当たりにして声を震わせる青年。
青年の鼻腔に突き刺さった湧き立つ特有の臭みが、さらにこの場を演出させる。
だが何よりも、もっともこの場をふさわしく演出する「それ」が、ちょうど床の中心部に転がっており、それが青年の恐怖の元凶となっていた。
怯えた青年の視線の先にある物。それは、髪を振り乱して横たわる人間の後頭部だった。
顔は見えないが髪や大きさから、女性のものだと分かる。散らばった髪にもベットリと赤い液体がこびりついていた。
「どうして……人の首なんかがあるってんだよ……」
目の前の現実に呆然とする。だが事態は青年に追いうちをかけるように進行していく。
「うーん……」
「え?」
床の中心に鎮座していた生首が、さながら気絶から目が覚めたかのような呻き声と共
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