「恋の叶う樹」 樹に好きな人の名前と自分の名前を彫り込めばその恋は成就するという学校の伝説。
こんな他愛の無い噂、本来なら女子の間で勝手に盛り上がるための迷信に過ぎない。男子なら鼻で笑い飛ばすような内容だ。
だが、その時の彼は違った。
「・・・。」
夕方の神社。学校の裏手に位置するこの神社は、いつもなら麓の鳥居と社を結ぶ千段階段を運動部が駆け上がっている様子が見られる。
だが今は、部活動も終わり、太陽はあと少しで完全にその姿を隠そうとしている。
「ルール1:樹に自分の名前と相手の名前を彫り、日が沈む瞬間に相手の名前と愛していますと叫ぶこと」
「伊藤カレン、愛しています。」
言い切った瞬間、完全に太陽が地平線に隠れ、あたりはフッと暗くなった。
「・・・。」
言っちまった。その男子は、段々とその事実に胸が熱くなってきて、踵を返して階段を下りていった。
男子が階段を駆け下り、その姿が遠くなっていくとそれまで伸びていた樹の影がにゅっと起き上がった。
起き上がった影は、するすると先ほどまで男子がいた場所に移動し、樹にできた真新しい傷に指を這わせてクスリと微笑んだ。
「くぉぉぉぉぉぉ・・・。」
一人の男子が頭を抱えて机に突っ伏していた。彼の名前は、山田狂祐。随分と不吉な名前だが何世代か前から名前に狂の字を入れることが一族の決まりになっているからだ。
ここは港町に位置する高校の教室であり、休み時間なので皆が好き勝手におしゃべりをしていた。当然、魔物共学であるので人外比率も高い。
そんな中、彼が何をうなっているかと言えば、三日前に「恋の叶う樹」に名前を彫り込んだことに関係がある。
「ルール2:ルール1を終えた三日後に相手に告白する」
そう、彼は、何としても、今日中に伊藤カレンに告白しなければならなかったのだ。
「おい、マジでやるのか?」
そう狂祐に話しかけたのは、彼の親友であり家も近くにある幼馴染。彼は今回の計画を聞かされていたが、一抹の不安を抱えていた。
「もう樹に名前彫ってきちまったしよぉ〜。覚悟決めるしかないだろ。」
「だけど、あいつは・・・。」
「その話は何度も聞いたよ。でも皆には優しくしてるだろ?」
「そうかも知れんが・・・。」
狂祐は、壊滅的に女子にモテなかった。その理由は、余りにも喧嘩っ早いその性格のせいだ。彼は普段は大人しく、親しい人間や魔物とは普通に会話をするが、何かのきっかけで烈火のごとく怒り狂う癖があった。彼は、完全にビビられており、また、女子に対しても容赦なく悪口を飛ばすため相当嫌われていた。
しかし、親友が心配していたことはそれとはまた別にあった。
「手紙、受け取ったとこまで確認したし、名前も書いてるから誰だかもわかるだろ。」
「ちょっと待て!?お前、名前書いた手紙を下駄箱に入れたのか??」
「そうだけど?普通に考えて名前書かないと誰だかわかんねぇだろ?」
「いや、そうだけどさ・・・。」
一抹の不安がだんだん大きくなる。親友は、ふられることは仕方ないと考えていた。相手の気持ちもあるし、そのことは本人も了承済みだ。
親友はすでに彼女持ちなので(温泉旅行に行ったときにサラマンダーの子に襲われ、追い払ったらそのまま着いてきてしまい、学校にも転入してしまった)
女子の噂話や互いの評判についての話を男子よりかは知っている。それによれば伊藤カレンは、いつも振り撒いている笑顔とは別の顔があるらしい。
親友は、その悪い噂を心配していた。
その時、ガラッと教室のドアが開き、噂の人物が教室に入ってきた。
「やっべ、緊張してきた。」
「おいおい、今日の放課後だろうが。もつのか?それまで。」
「お前の時は何て告ったんだよ?」
「告ったもなにもいきなり木刀で襲い掛かられたところを素手で叩き伏せただけだら参考にならんぞ?」
「・・・確かにな。つーか、お前よく生きてたな。」
そんな話をしながら緊張を和らげている時に騒ぎは起こった。
「みんな〜、お知らせがありま〜す!」
いきなりの呼びかけに狂祐も親友も壇上を見やった。そこには白い紙のようなものを持った伊藤カレンが立っていた。
「なんだなんだ?お前の将来の彼女、なんかやり始めたぞ。」
「・・・。」
「おい、どうしたよ?黙りこくって。」
黙っている狂祐に違和感を感じ、壇上の伊藤カレンをもう一度見やった。伊藤は何故か何か勝ち誇った顔をしており、手に持った紙を頭の上で振って見せびらかしている。
紙は小さいもので、ちょうど手紙のようにも見えた。
手紙?
はっととなり親友が端に固まっている女子の集団を見ると皆一様にくすくすと笑っており、何かを耳打ちしていた。
「おい、もしかしてあの紙って・・・?」
「・・・。」
なおも黙りこくっている狂祐の反応から、
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