「随分と変わったものだ…。」
ゴトゴトと揺れる馬車の中で、ゴルドは誰に言うでもなく独り言ちた。
車窓からは、石畳と土壁の家々、露天、すれ違う馬車、人々が見える。石畳の隙間からは雑草が生え、人々の踏みしめにより割れているが、それこそが長い歴史を感じさせる。
土壁の家々は土壁自体は新しいが柱は古く、石畳とともに長くこの景観を守ってきたに違いない。
露天からは威勢のいい声が響き、道行く人々を振り返らせる。
しかし、それらよりも美しいものが人々の顔である。見る人見る人の顔は明るく、皆朗らかだ。店先に箱を降ろしている無骨なおっさんの睨み顔にすら周りに花が見えるほどである。
そして、女。女達の顔も男共に負けず劣らずに柔かであり、何より蒸気していた。
もしここが、どんよりとした紫がかった霧のようなものが立ち込めておらず、絡みつくような黒い日差しに晒されてなく、女達の体が人の形態であるならば人の世でこれに匹敵する都はないであろう。
そう、人の世であるなら。
ここは、魔界国家「レスカティエ」。ゴルドは今、ある集まりに参加するために馬車を走らせているのだ。
だが、今日は休日。しかも、いつも使っているルートに今宵様の魔力塊が落とされたため、遠回りで走っているのだが、どこも人通りが多く進みは遅々としていた。その証拠に馬車はまた停止した。
「まぁ、私は遅れたほうがいいのだがな。…ん?」
窓や屋根の作りを見ていた視線を下げると家と家の間、細い路地の入口で一つの番が交わっていた。
番は、ゴルドの視線も、通行人の声援も気にせず、お互いを一心不乱に求め合っていた。
女の方は茶色がかった黒光りからデビルバグだとわかる。男の方は脱ぎ捨てられた継ぎ剥ぎだらけの上着や膝まで下ろされた煤で汚れたズボンから煙突掃除夫かなにかだろう。
二人の背格好は低く、魔物とインキュバスであることを考えても、天下の往来で交わるには少し早すぎる年齢に見える。
それがなぜこのような所で交わっているのか?
思案しているとゴルドの視線の奥、暗い光が立ち込める街道よりもさらに暗い路地の奥でなにかが視線をかすめた。じっと目を凝らすとかすめたものは大きく上下に動いており、一つではなくいくつもの動きが見て取れた。
それに気づいたゴルドは合点がいった。つまりは「満室」だったということなのだ。
思わずニヤリと笑うと同時に馬車はやっと動き出し、目的地へと急いだ。
街に溢れる情事を眺めてから10分後、ようやく目的の邸宅に着いた。
重厚な鉄門、装飾の行き届いた門柱、出迎えの召し使いの佇まい。どれを取っても一流の貴族が住まうに相応しい邸宅である。
二台の馬車はその邸宅の正面玄関に横付けした。本来なら余り褒められた付け方ではなかったが、コンデ公の名が無礼を礼へと変えていた。
二台の内、後方から着いてきた馬車から執事と御付きのメイドが降り立つと、きびきびとした動きでゴルドが乗る馬車へと近付き扉へと手を掛けた。
が、執事はその手を途中で止めた。
メイドが不思議がって首を傾げるとギシギシと馬車が揺れていることに気付き、クスッと笑った。その仕草を咎めるように執事は睨み、溜め息をつきつつ乗り手へと呼び掛けた。
「ゴルド様?御存知と申しますが、到着致しました。行為をお止めになってお降りして頂けませんかね?」
「お、おお、…くっ!す、少し待て…!ふぅ…、ふぅ…。」
この返答に執事とメイドは呆れながらも待つことを強いられることとなった。
二人の従者をほったらかしに馬車の揺れは激しさを増す。その上、回りも憚らず媚声まであげ始めた。
「ふっう、く!シャル、シャルロット、も、着いたよ。んはぁ、は、早く出ないと…。」
「んあぁ…、一回、あと一回だけぇ…。も、もうすぐですからぁ…、ああひぃ…いうぅぅ、だめぇ?」
「仕方のない妻だ。イ、イクぞぉ…!」
<ギコギコ♪ギコギコ♪ギコギコ♪
馬車は揺れに揺れてサスペンションであるバネ板が悲鳴を上げる。通り過ぎる人達も中でナニをしていると気付いているのでニヤニヤしながら生暖かい視線を投げ掛けてくる。その前に佇んでいる二人はいい恥さらしであった。
しかも、他人の邸宅の正面玄関の真ん前で。
「実にお恥ずかしい限りです。」
執事は出迎えにきた相手の使いに会釈をして非礼を詫びた。
「いえいえ、お気になさらず。馬車内で行為に耽っておられたお客様は公爵様を含めて8組目で御座います。ちなみに今お越しになっているお客様は9組です。」
顔はにこやかであったがどこか頬が痩けて疲れている使いの表情に、執事は同情の念を抱かずにはいられなかった。
レスカティエが陥落してから早十数年、それよりも長い時間を厳格な執事や忠実な下部として使えてきた者達にとって、なんとも
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