お父さんは今日もお酒を飲んでる。
あたしが作ったおつまみを食べながらトクトクとコップにお酒を注いで一気にあおる。コップが空になると、ぷぅはあぁ〜、と息を吐き、机の上の一点を凝視する。しばらく見つめるとまたおつまみを幾つか口に放り込み、またお酒を注ぐ。夕方にあたしが帰ってきてからずっとこの動作を繰り返してる。
あたしは、そんなお父さんの背中を見つめながら部屋の隅でとぐろを巻いている。ここがあたしの指定席。『ラミア』のあたしには少し狭いが丸まっている分にはちょうどいいスペースだ。と言うより、この部屋の惨状ではこのスペースが限界である。ちょっと尻尾を振れば空になった瓶に尻尾が当たり、転がっていった瓶が別の瓶に当たり、それがまた別の瓶へと繋がっていく。瓶以外にもおつまみが入っていた器がそこかしこに引っくり替えっている。空瓶、空の器、食べカスに埃。それを覆い隠すように汗を吸ってすごい臭いを立てているシャツやパンツが脱ぎ散らかされている。換気もしない部屋には饐えた臭いが満ち、あたしたち以外の人が吸えば倒れてしまうだろう。お父さんが寝ている間に幾らか片付けたけど全然足りない。
机からカラカラと軽い音が鳴った。おつまみを全て食べてしまったんだろう。するとお父さんは器を後ろも見ないで放り投げた。床で跳ねた器は2回ほどバウンドするとコロコロとバランスよく縦になって転がり、あたしの前で倒れて止まった。
ごちそうさまも言わない。前は言ってくれたのに。
あたしは、その器を拾うと胸の前でぎゅっと抱きかかえ、するする台所に移動した。新しいおつまみを作るためだ。
別に、作らなかったからと言って何か言われたり、されたりすることは無い。ただ、お酒の進みが見るからに悪くなり、寂しそうな溜息を付いたりするので見ていられなくて作るのだ。
台所に着くと床下の保存庫を開ける。良いものは入っていない。ついでに量も少ない。前はこんなことはなかった。お父さんの作る野菜は八百屋さんでも評判で物々交換で貰ったお肉やお魚を綺麗に美味しさそのままに保存していた。お酒造りも上手なお父さんは造ったお酒を街まで売りに行き、帰ってくる頃には台車一杯の食料や服、たまにあたしやお母さんにきらきら光る宝石を持って帰って来たりもしていた。
でも今ではそれも無くなった。台所の窓から見える畑には雑草が生い茂り、あそこが畑だったなんて知っている人にしか解らない。その隣にある小さな酒蔵は扉が半開きになっていた。あの扉が半開きのままになって久しい。恐らく、もう少しの酒瓶を残す程度しかないだろう。お父さんが全部飲んでしまった。
「はぁ。」
と小さく息を漏らすと豆が入った袋を取り出した。やっぱりあんまり入っていなかったが、おつまみ分ぐらいにはなりそうだ。それをフライパンの上にぶちまけると窯に火を入れた。お父さんは豆があんまり好きじゃない。小さい頃に豆しか食べれなかった時期があって嫌ってほど食べたからだって聞いた。でも他にすぐ出せるものがなかったので豆を塩胡椒で炒めた物を作ることにした。塩も胡椒も少ない。明日、お給金が入るからそれで買ってこないと。
湯気を立てる豆の炒め物を持って部屋に戻るとお父さんは机に突っ伏して寝ていた。右手にはコップを持ち、左手にはペンダントを持っていた。ペンダントの中には小さな絵が入っている。微笑んでるお母さんの絵。あたしは思わずぐっと奥歯を噛み締めた。お父さんはまだお母さんのことを思ってるんだ。こんなに近くにあたしがいるのに。
あたしは、床に落ちている毛布を取るとお父さんの肩に掛けた。そして、ラミア用の大きめの丸椅子(椅子の上でとぐろを巻けるようになっている)を隣に引っ張て来て、その上でとぐろを巻き、お父さんに掛けた毛布の中に潜り込んで膝の上に上半身を預けた。何日もお風呂に入っていない男の人の匂い。股間の周りだから特に匂いがきつい。でもそれはむしろ好都合だった。お父さんの匂いだから。大好きなお父さんの匂いだから。
あたしは夢を見た。目覚める前から夢だと解った。どうして夢の中なのに夢かと解ったのかって?そこに居るはずのない人が居たからだ。
夢の中であたしはお父さんの背中を見ていた。いや、違う。正確にはお父さんの背中は見えていない。お父さんの背中は枝垂れ掛かるお母さんの背中と巻き付く尻尾で隠されていたから。二人はとても楽しそうにお酒を飲んでいる。お母さんの手にはお父さん自慢の酒瓶が握られ、ふらふらと楽しそうに揺らしている。
「お父さん!お母さん!」
声を出したのに声が出ない。まるで自分の音だけが世界からすっぽり抜け落ちてしまったかのように叫んでも叫んでも二人とも気付く素振りも見せない。全然気付いてくれない二人に怒りと恐怖を覚えて最後の一絞りと今まで
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