「おーい!喜助!こっちやー!」
「おん?」
空を行く雲を眺めながら峠にある寺へと歩いていた喜助は、聞き慣れた友の声で視線を下げた。見れば隣に住んでいる幸六が手を振っており、その足元には同じ村に住む小平太に六郎田が何やら覗き込むように屈んでいた。
喜助は咥えていた草をプッと吹き出すと幸六達の元へと駆けていった。喜助が近づくと幸六も覗き込む輪に加わり、興奮した声を挙げた。
「なんしょんよ?」
「ええからこれ見てみって!」
「あぁ?」
「ええから来いって!ごっついで!」
そう言って手招きする幸六に招かれ、彼らの頭越しに覗いてみると大きな百足がうねうねと蠢いていた。それも一匹ではなく、四匹も居り、それぞれが喜助達が知っている百足の大きさより二周りも大きい。その中の一匹は特に大きく、両手で掴めてしまうほどの長さを誇っていた。
百足達は、逃げ道を探して四方に散ろうとしていたが、その度に六郎田と小平太が木の枝で道の真ん中へと弾いたり、胴体の真ん中に引っ掛けて引きずり戻していた。
「おお!?でかいなぁ!」
「んだろ!道を渡ろうとしよったけんな、捕まえたったわ。」
「はは!おい、見いやこいつ。いっちょ前に牙むっきょる(剥く)で。」
一番大きな百足が蛇のように鎌首をもたげて六郎田が持っている枝に噛み付き、他の三匹は、それを尻目に一斉に林の方へと逃げようとした。当然、その程度では、人間に敵うわけもなく、三匹は、小平太の枝でまとめて弾き戻され、六郎田の枝に噛み付いた百足は、枝ごと持ち上げられて宙ぶらりんの状態になった。
「こいつらどうすんよ?」
と、小平太が問いかける。
「んだなぁ〜。」
幸六は、考えた。子供の少ない村でガキ大将であった喜助達は、他の子供達に兎に角偉そうにしていた。これだけの大百足、小さな子達を脅すにはうってつけの素材であろう。そう考えた幸六は、こう言い放った。
「なんぞ入れもん(物)に入れて、村に持って帰ろうや。あいつらビビるでぇ!」
それを聞いた喜助達は、口々に幸六の案に賛成したが、対照的に百足達はピタリと動きを止めて互いに庇うように丸まり始めた。
「なんや、こいつら話解るんか!?これはええな!見せもんにもなるで!」
「やけど、どやって持ってくんや?誰も何も持ってないで?」
喜助の疑問は当然であり、さっきまで咥えていた草以外、喜助は何も持っておらず、他の三人も木の枝以外何も持っていなかった。すると、小平太が思い出したかのように声を挙げた。
「ほうや!家のじっちゃんが言よったんやが、百足って唾かけたら大人しいなるそうやで。」
「あ〜、それ家のおっとうも言よったな。」
六郎田も相槌をうつ。
そこで皆で一斉に唾をかけて百足を大人しくさせてから、掴んで持って行こう、と言う話になった。
「ええか?いくで〜、せーのっ!!ぺっ!」
「ぺっ!」
「ぺっ!」
「ぺっ!」
喜助は、特に大きかった百足の頭目掛けて唾を吐き、見事に(と言っても唾を吐くこと自体褒められたものではないが)命中させた。次々に百足たちの体や頭に命中させると確かに百足の動きが鈍くなり、痙攣したり、悶えるように大人しくなった。百足が身悶えする様は子供にとっては面白く、きゃっきゃ、きゃっきゃと大喜びした。
しかし、それは天を割るような怒鳴り声で唐突に打ち消された。
「おら〜!!お前らなんしょっだら〜!!」
「うわ!鬼坊主だ!」
「やべぇ!逃げろ!」
怒声の主は、峠にある寺の住職であり、子供たちからは鬼坊主として親しまれ、恐れられていた。
「まっった悪さしよったんやろ〜!!逃がさんぞー!!」
住職に追い立てられるように逃げる四人の中、喜助がふとふり返ると百足達の姿はなく、自分達が吐いた唾の後だけが残っていた。
〜それから十年後〜
小平太は、家で布団にくるまり、天井の闇を見つめていた。今日も畑仕事に薪割りに、疲れきって飯を済ませてすぐに布団に入った筈なのに何故か寝付けないでいた。
あれから十年。村では、いろいろあったがなんとか四人とも大人になることができた。小平太と六郎田は、自分で畑と田んぼを耕し、同じ村の中ではあるが一人立ちした。流行り病で両親を亡くした幸六と喜助は、それぞれ別の場所に引き取られていった。今でも手紙が来るのだから、元気にやっているには違いない。
そんな風に仲間のことを思っていると、次々と昔のことが思い出され、途端に懐かしさや寂しさがぐるぐると頭中で巡り始めた。
「だぁー、もう!寝れねぇし、辛気臭ぇ。酒だ。こう言うときは酒にかぎらぁな。」
小平太はそう言うと、囲炉裏
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