月は既に上天に達し、街は静まり返っている。寝静まっているからではない。動物的な感覚が静かにしておいたほうがいい、と警告しているのだ。均一に張り詰めた緊張により静止した街をアレンは疾駆する。
沸騰した血液が巡る頭でいろいろな案を考えるが、どれも霞のように消えて結局は何も考えていない状態に戻る。そう、考えられるわけが無い。相手は強固な城と屈強な警備兵、栄養の足りない貧乏人に何が出来よう。
アレンの案はたった一つ、その為には絶対にタイミングを逃すわけには行かなかった。
そして、そのタイミングは唐突な頚椎への衝撃と共に訪れた。
「ぐぇ!!」
領主城へと続く大通りに飛び出そうとした瞬間、強力な力で後ろに引き倒された。倒れるままに首を後ろに向けるとあのリーダーと呼ばれていた筋骨隆々の大男が睨みすえていた。
ケインの睨みも怖かったが、この男の睨みも逆の性質を持った怖さがある。
「またお前か、小僧!!どれだけ邪魔すりゃ気が済むんだ!!」
リーダーは、ぼろい人形を扱うかのごとくアレンを壁に押さえ込み、口を閉じさせた。
すると、大通りから馬車の走る音が響いてきた。音は段々と大きくなり、アレンが飛び出そうとした路地を横切ると城へと一直線に駆け込んでいった。
<ガラララララララララ、、、ガアアァァァーーーーン!!!!
少し離れたところで鉄が擦れ合う音と大きな衝撃音が響いた。おそらくは城の大門が閉じたのだろう。その音を聞いて、リーダーはようやくアレンを放した。
「まったく。おい、ケイン!こんな餓鬼を連れてくるなんて聞いてねぇぞ!」
はっ!っとしてアレンはリーダーが振り向いたほうへ視線を凝らす。
暗がりから浮き上がるようにしてケインは姿を現した。見た目は普通の服なのに、何故かケインはその上に漆黒のマントを羽織っているように見える。それほどまでに今のケインは、闇と同化していた。
「ふー、アレン。私は、はっきり言った筈だよ。君を連れて行くことは、、、」
「フェブが攫われたんです。」
「・・・・・・」
「確かに僕が間違っていました。僕が無茶なことをせずにフェブのそばに居てやれば、こんなことにはならなかった。
今は、今はただ、フェブを助けたい。それだけなんです!お願いです、僕も連れて行ってください!!」
「・・・・・・」
アレンは、断られても、殴られても、無理やり付いていこうと決心していた。一度断られているのだから当然だろう。しかし、返事は意外にもあっけないものだった。
「わかった。君は私と一緒に行動するんだ。」
「!?」
「はぁ〜?正気かよ?こんななまっちょろい奴、なんの役に立つってんだよ。」
「彼は、危険を省みず我々に彼女達の危機を知らせてくれた。それぐらいの実力はある。」
「はっ!好きにしやがれ。おい、小僧。死んでも文句垂れんじゃねぇぞ。」
「はい!」
アレン達は、閉じられた大門が辛うじて見える位置に隠れ、じっと息を殺していた。何かを待っているのか誰一人として一行に動かない。
張り詰めた殺気に耐え切れず、アレンは、気になっていたことをケインに質問することでやり過ごそうとした。
「ケインさん、聞いてもいいですか?」
「ん?何だい?」
ケインも緊張の糸を引き切っているはずなのに、その口調はまるでランチの時の会話の様に軽く、朗らかだ。これが歴戦の余裕と言うものなのか。
「あの、どうして付いていくことを許してくれたんですか?最初はあんなに駄目だと。」
「君があの時の君とは違ったからさ。」
「えっ?」
「あの時の君は、まさに怒りの塊と言った風だった。戦うだけならそれでもいい。だだっ広い草原の真ん中や闘技場で一対一で殺し合うだけならね。
だけど、そう言った人間は、自分のためだけに戦っているから、いざと言う時、仲間を見捨てて自分の復讐や一時の感情に走ってしまう。
あるいは、ふとした瞬間に死への恐怖を思い出して逃げ出したりね。軍隊にとっていつ裏切るともしれない仲間ほど恐ろしいものは無い。」
「恐怖なら今でもありますよ。正直言うと今も足が震えてます。」
「でもここに居る。それが重要なのさ。何故なら、今の君には、逃げ出したくても逃げ出せない理由があるから。」
「・・・・・・・フェブ。」
「そう。怒りや憎しみは爆発的な力をくれるが、それは結局、自分の心の持ち様でしかないから、ふとしたことで消えてしまう。
だけど自分以外の存在は、心の持ち様では消せないからね。今の君なら信用できると思ったから連れて来たのさ。」
自分以外の存在。
フェブとの関係は、たった数日のものでしかない。しかも、最初は、精処理奴隷として買ってきた関係だ。どう見てもいい間柄とは言えない。
しかし、そのたった数日の想い出は、アレンの十数年の人生よりも輝いてい
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