死人遊戯

「はッ、はッつ、はッつ、はッッ!」
ある日の森の中、白蛇の少女ジョカは懸命に這っていた。
その行為は未来を勝ち取る為の闘争であり弱者が天敵から逃げる為の逃走である。
要は今の状況は少女にとって決して良いものではない、乗り越える事が出来たなら最悪の思い出の一つと数えていいものだ。
「あの蛇の魔物は一体どこに逃げた!」
「おい、居たぞ、 向こうだ!」
「反対側から回り込んで挟み撃ちにするぞ!」
男達の怒号にも似た荒々しさが剥き出しの叫び声が樹木の静寂や鳥類の囀りを掻き消す。
彼等は反魔物組織でも魔物を捕らえ品物として商いをする外道の連中である。東方の地の片隅にある小さな神社で暮らす愛らしい白蛇の少女の噂を嗅ぎ付けて来たのだろう。
痺れ酒を利用した奇襲は失敗したものの猟犬の様な的確さと執拗さで追い掛け回し確実に体力を削いでいく。連中に捕らえられればどうなるのか、富豪の玩具か、鱗や牙を剥ぎ取られ剥製か、それとも神の名の下に行われる凌辱と死か。
「はッ、はッ…はァ…はァッ…。」
それが分かっているから死に物狂い逃げているのだが限界は必ずやって来る。
幾ら人間よりも数段上の生命力を持つ魔物とは言っても彼女は独りで彼らは集団。人手で壁を作り逃げ道を制限し獲物が自分から倒れるのを待つ、狩りの定石だ。
彼等の思惑通りジョカは無暗に体力を消費して今正に虫の息。付き纏う恐怖の未来により理性が焼かれ自分の無様に気付けない。
前も後ろも右も左も無い、ただ逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げるのみ。
だから風のように飛来したナイフに気付く事も、それを避ける事も出来なかった。
木枝の合間を翔けるナイフの切っ先がジョカの右肩に刺さる。そこは鱗がある箇所だったのでほんの少し穿った程度で肉にまで達していない。だが変化は急激且つ劇的に訪れる。
「はァッ…あァァッ…!?」
唐突に全身が鎖にでも巻き付かれたかのように利かなくなり頭が地面に打ちつけられた。立ち上がろうとした両腕も動かなくなりじたばたともがく事も出来ない。ならばと水の魔力で毒の浄化を試みるが息をするのもやっとな体調では思うように上手くいかない。
「あァァあァァァ…。」
終わった。もう悲鳴にもならない情けない声を伸ばすしかない。涙はもう流れ尽くしている。草木を踏み締める足音が聞こえ、そこから腰にナイフを携えた青年が近付いてきた。
「お願い…助けて…助けて…。」
青年はジョカの耳元に口を寄せて囁くと布で彼女を覆い隠した。
「助かりたいのなら、黙っていろ。」
混乱の所為で言葉の真意は分からなかったが助かると言われたので反射的に声を止めた。そこへ何人もの屈強な男達が現れる。男達は辺りを見回した後に青年を見る。
「おいお前、痛い目に遭いたくなかったら正直に答えろ。何故こんなところにいる!」
「仕事帰りでここを通り過ぎただけだ。」
「お前はここに住んでいるのか?」
「いや、もっと遠くに住んでいる医者だよ。猟師ならナイフではなく弓矢を持っているだろう。」
「ここを白蛇の魔物が通っただろう。どっちへ向かった?」
「あっちに行った。あっちの方角を少し行った先には川がある、身投げされていたら面倒な事になるんじゃないか?」
「くそっ、お前ら、さっさと捕まえるぞ!」
小さな地鳴りを轟かせながらも男達は嘘の方向へと走り去った。
地鳴りの音が遠くなり周囲から人の気配が消えた頃合いを見計らうと青年はジョカを背負う。
「ほら、お前も手や尾に力を入れろ。一度落ちたらもう拾わんぞ。」
「あの…その…ありがとうございます…。」
「礼なら俺の家に着いてからにするんだな。先に言っておくが奴等に見つかったら俺はお前を囮にするぞ。」

一晩明けて、動けるようになったジョカは感謝の言葉を尽くした。無事に彼の家に辿り着いたのである。
「俺の名前はフッキと言う。」
彼女を助けた青年は人から離れた場所で居を構え医者をしていた。普段は晴耕雨読の日々を過ごしつつも、手紙での依頼を受ければ患者の下へと赴いたり、家を訪れてきた患者を診察したりする。あの森を通り過ぎたのは依頼を受けてからの帰りだった。
「俺の故郷では白蛇は幸運を招くと云われている。だからお前を助けた。それで、これからどうする気だ?」
その問い掛けにジョカは言葉に詰まらせる。神社は反魔物派の連中によって滅茶苦茶に荒らされているかもしれない。いや、それならまだ善良な方で、見た目は綺麗だが裏では罠を張っている可能性もある。どちらにしろしばらくの間は戻りたいとは思えない。
その心を見透かしたのか面白そうに笑う声。
「帰りたくないのか、もしくは帰れないのか。なら丁度いい。ジョカ、俺の助手になれ。」
「え、…助手ですか?」
「賢く従順な助手が欲しいと思っていたんだ。白蛇なら頭は悪くないだろうし他人を襲う心配も
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