前章「現実」

 既に誰もいなくなった街中のコンビニの倉庫に積み重なったガラガラと荷物が崩れ落ちて音を耳に入れながら俺は人間として卑しい行動だと理解しながらも食べ物を漁った。
 いや、この世界に既に人間として行動しているのは俺だけだと考えれば、最も尊厳に満ちているのは俺なのかもしれない。
 昔は相対的と絶対的の意味が曖昧であったが、今ならアインシュタインの相対性理論すらも理解できそうだ。

「たった、一年……
 たった一年で世界はこんなに戻るのか……」

 かつては多くの雑踏で賑わっていたこの都市部も既にアスファルトの至るところがひび割れ、雑草が生え始めており、ビルには清掃する者がいなくなったことで埃がたまり、俺が現在、寝床としている建物以外は世界中でこんなにも荒れているのだろう。
 これでは十年後にはこの辺りは江戸時代辺りまで緑が戻るのだろう。

「人間の営みも一瞬の夢か……」

 文明と言う他の生物に築けないものを築きあげてきたことでこの星の生態系の頂点に存在どころか、生態系から逸脱してしまったとも思われていた文明はこんなに簡単に崩れ去り、自然に「淘汰」と言う形で還っていく姿に俺は寂寥感を感じた。
 「国破れて山河在り」と言う言葉があるが、そんな言葉までもが人間の大きな思い上がりに思えて来た。

「もしかすると……こうなったのも、地球の意思なのかもな……」

 「地球生命説」。
 かつてはSF小説や映画、ドラマ、ゲーム、アニメなどと言った娯楽作品で使われてきた題材であった。
 フィクションは所詮、フィクション。
 二年前の俺ならば、鼻で笑っていたところだ。
 しかし、今の俺ならばそれを信じてしまう自信がある。
 いや、自信と言うよりも脆さだ。
 今、地球の大気はテレビも使えない状況で衛星写真も見れないのにも関わらず、それが理解できるほど澄んでいる気がする。
 自動車も走らず、無駄に酸素を消費しない人間もおらず、二酸化炭素等の大気を汚染する物質の量が著しく減少しているのだ。

「あの花は……人類の天敵だったのかな……」

 二年前、「夢草」と呼ばれる新種の花が世界中の至る所で咲いた。
 環境も異なる場所で咲いたそれは最初はオカルトマニアからは「世界の終わりを告げる花」と噂されていた。
 しかし、皮肉なことに今となってはそれは間違いじゃなくなっている。
 既存の植物学を覆す奇妙な野草である「夢草」を多くの研究者が調査し始めている時にその異変は起きた。
 それが世間に知れ渡ったのはとある朝のことであった。
 その異変は朝の通勤ラッシュの時にホームでだらしなく寝ている大学生を駅員が起こした瞬間、その大学生がいきなり暴れ出したのだ。
 それだけならば、ただの変質者にしか思えない。
 だが、それは日本、いや、世界中で同時多発的に起きたのだ。
 そして、それはその事例は世界中で増加し続けてそれは日常的なものとなってしまった。
 世間では「謎の奇病」と恐れられていった。
 そんな非日常的な日常の中で俺はその奇病の正体にとあることで気づいた。
 そのきっかけは俺の大学で余りにも異常過ぎるものだ流行していたことに恐怖を感じたことだった。
 俺の大学でとある草を粉上にしたものを飲むことが流行っていた。
 その時点でおかしいのだが、誰もがそれを戸惑いなく行っていた。
 その草は「夢草」だった。
 そう、原因は「夢草」だったのだ。
 そして、それらを薦めて来た学友たちは誰もが最初の内は

『いい夢見れるよ?』

 と笑顔で言ってきたのだ。
 俺はそう言ったことをしないと思っていた友人たちがそんなことをし出したことに恐怖を覚えて「夢草」を恐れた。
 その後、その友人たちは俺に薦めることも止めて、眠っていった。
 そして、起こそうとすると錯乱状態、いや、あれはそんなものではない。
 まるで、眠ることを邪魔する者は全て敵にしか思えないようであった。
 だが、世界はさらに歪んでいった。
 なんと、世界中の権威が「夢草」を飲むことを合法としてしまったのだ。
 流行と言うのは恐ろしいもので誰もが真に受けてしまった。
 俺の家族も、友人も、知人も、そして、恋人も眠ってしまった。

『なんであんたがいるのよ!!?
 夢の中であんなに幸せだったのに!!』

 どんな夢を見たのかは分からない。
 しかし、最後に見た彼女は起きた途端に俺をそう罵倒した。
 俺との思い出も今でさえも邪魔だったのかのように。
 そして、誰もいなくなった。
 今、この世界には自然に還っていく廃墟と再生した自然、そして、「夢草」の魅力に抗えずに眠り続ける人間であったものしか存在しない。

「………………」

 既に賞味期限が間近に迫り、ストックがなくなりそうになったなけなしのインスタント食品を口にしながら俺は泣
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