「あなた。あなた」
「ん……?」
肘置きがあり、普通の椅子よりも座高が低く座椅子との中間ぐらいの背もたれの傾度をレバーで調節できる二万円で購入した座ると楽になる椅子に腰かけ、ちょうど座椅子に座っていると物を置くと快適なテーブルの上に趣味の読書のために本棚から本を5冊積んで、大窓を空けてそよ風を感じながら読書をしていると僕のことを呼ぶ愛おしい声が聞こえてきた
僕はその声に導かれるままに背もたれから少し背を離しその声の主を目に入れることで生まれるいつも感じるささやかな幸せを求めて辺りを見回すと
「もう、先ほどから呼んでいるのに……」
椅子に座っている僕のことをまるで世話のかかる子供を見て、怒らずに窘めてお説教をする様に両手を腰に持っていき、いつもの様に僕がすぐに声に応えないことを窘める絹の様に白くて美しい触れると心地よさそうな髪と鬼灯の実の様に赤い綺麗な見つめられるだけで再び惚れてしまいそうになる目を持つ僕の妻が立っていた
「ごめん、ごめん……ちょっと、読書に夢中になっちゃってね」
「またですか?」
妻の怒った顔を可愛いと思いながらいつもの様に何度言われても治らない僕の悪い癖から来る彼女の呼びかけに応えなかった理由を口に出した
僕は基本的に周囲からはのんびりした性格と言われて、自分でも認めるほどの面倒臭がり屋だ。よく昔の友達に皆と遊びに出かけようと誘われてもあまり気乗りせず、正直に言うとすごくかったるいと思う程だ。特に学生時代なんて付き合いで部活がない日もしくは終わった後の午後に遊びに行こうとほぼ強制的に遊びに行かなくてはならず、『自分の時間』を潰されのが苦痛であった程だ
我ながらよく結婚できたなと常々、考える程だ
とまあ、これぐらい僕は無気力人間もといダメ人間、いや、ダメインキュバスだけど、自分が面白い、もしくは興味深いと思ったことに関しては周囲が引くほどに夢中になる時がある気分屋でもある。むしろ、他人が興味を持たないことを深く追求し過ぎてしまって、周りとの会話について行けない、ないしは周りがついて行けないことが多い。例えば、普通の人間なら学校の試験なんて手っ取り早く『答え』だけが欲しいのに僕は『答え』よりも『式』の方を求めてしまうことが多くて、どうしてこれはこうなるんだと思って、結局いい点数を取れるはずの試験の点数を大幅に下げることなんてザラだ
要するに『空気読めない奴』という感じだ。おかげで読書ばっかりが趣味になったり、学生時代に『おひとり様』をしていると『ぼっち』とよく馬鹿にされることがあった
「もう……いい加減にしないとあなたごと本も燃やしちゃいますよ?」
僕がいつもの言い訳になっていない言い訳を言うと妻は半分冗談で本文本気の怒りを込めた冷たくも熱さを感じさせる一言を言った
「え〜……それだけは勘弁してよ」
僕は少し、焦りに汗を顔に滲ませて笑ってそう言った
「はあ……で、今日はどの本を読んでいたんですか?」
彼女は僕が笑顔で誤魔化そうとしているのを見るといつもの様に呆れを込めながらもいつもの様に僕が呼んでいる本のことを訊ねてきた
「ああ、これだよ」
僕はそれを聞くとお気に入りのこげ茶色のブックカバーを外し文庫本サイズの本の表紙を妻に見せた
「……これですか」
妻は僕が呼んでいる本を知ると少しため息混じりにそう言った
僕が今読んでいる本はドイツの宰相にして詩人であり、小説家、劇作家であるゲーテの生涯をかけて完成させた作品、『ファウスト』だ。この本は文学史上で評価される文豪ゲーテの作品の中でも特に評価の高い作品である
僕も最初、そう言った肩書に乗せられただけで読んでみた人間だ。しかし、正直に言おう、初めてこの作品を読んだ時は苦痛だった。なぜなら、文体は脚本形式で登場人物の台詞だけ、さらには日本人の僕にはあまり馴染みのない単語ばかりだったからだ。シェイクスピアの四大悲劇などでそう言った文学に慣れているとは言え、厚さと長さが段違いだった。あれほど、現代文学の読書初心者でも読める丁寧さに感謝したことはなかった
しかし、読み進めるうちに自然と話が理解できていき、主人公の悲恋(まあ、大体主人公のうっかりが原因だけど)や成長、そして、主人公の最後の台詞と亡き恋人の愛が彼を救う極めてありきたりだけど、とても長い筋書きでありながら、これほど感動するとは思わなかった。流石、あのゲーテがその生涯をかけて完成させた作品だ
おかげで僕は月に一度はこの本を読む癖が付いてしまった
「ん?不満?」
話は逸れたけど、この本を僕が読んでいると今の様に妻はいつも不満そうな表情をする
まあ、大体理由は理解できるけどね。それは
「『時よ止まれ、あなたは美しい』……
ええ、不満ですとも…
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