「う〜、緊張するな〜……」
俺は今、貴水との待ち合わせの約束をした夏の象徴とも言える万緑を湛える杉の木々が彩り、御祭神が稲荷であることを示すよう使いである一対の狐の石像と赤い鳥居のある神社の境内で待ち人である彼女が来るのを胸の鼓動をドキドキと強く激しく速めながら待っている
うぅ……昨日は緊張のあまりに眠れなかった……
今日、俺は貴水に昨日した告白の答えを聞かせてもらうためにここに来た
しかし、やはり好きな女に対する告白と言うのは答えを聞くまでは微かながらのフラれることへの不安と彼女と付き合えることへの期待で興奮してしまうものだ
おかげで俺は毎晩、熟睡しているのに昨日は寝付けず、いつもは休日を長く過ごしていたいと思って八時には起きている土曜日の起床時間が3時間も遅れてしまった
修学旅行前の中学生かよ……俺……
自分の思春期の様な年甲斐のない心の高鳴りに俺は自分のことなのにツッコんでしまった
だけど、これは仕方のないことだ
好きな人に想いを伝えると言うのはいくつになっても勇気がいることであり、緊張することであり、そして、嬉しいことなのだ
まあ、俺の場合は勇気と言うよりは勢いの方が強いんだけどな……
はっきり、言えば昨日俺が貴水に告白した原動力はほぼ勢いだ
だけど、俺の貴水への想いは本物だ
そもそも、俺が貴水に告白したのは俺の潔白を彼女が知って謝ってくれたことで好きな貴水に嫌われていなかったことを知ることができた喜びによるものだった
俺が貴水と出会ったのは5年前の新入社員の挨拶のときだった
最初、見た時は可愛い娘と言う印象だけだった
しかし、同僚として一緒に働いていくうちに貴水と言う女性のことを徐々に理解できた
彼女は何事も一生懸命で気配りのできる娘で彼女がたまに見せる笑顔には庇護欲をそそらされるあどけなさがあった
俺はそんな貴水の色々な魅力に惹かれていき、彼女に恋心を抱いた
だけど、俺は彼女に告白をすることができなかった
貴水は俺の元上司である加藤優さんのことが好きだったのだ
貴水が加藤さんを見る目には色々な感情が込められており俺はそれを悟ってしまった
俺は当時悩んでしまった
なぜなら、加藤さんは俺にとっては最も尊敬する人間だからだ
あの人は俺が入社してから慣れない仕事に苦労していた俺のことを丁寧に指導してくれて自らの仕事も完全にこなしていたことから俺にとっては憧れの先輩だった
それにあの人は優しい。あの人は俺達の同僚から上司になってもあの人は地位に驕らず、部下である俺達をたまに厳しい説教や指示はするが、普段は温厚で部下を無駄に怒鳴る人ではなかった
そして、何よりも彼は『夫』や『父親』としても理想的な人だった
彼はいわゆるデキ婚だったらしいが、それでも彼は自らの責任から逃げることはせず、妻子をしっかりと養い愛する人だった
よく考えたら……俺はあの人にいなかった父親としての姿を重ねたんだろうな……
俺は幼い頃に父親と死別した
お袋はそんな俺のことを亡き夫の菩提を弔いながらも女手一つで厳しくも優しく育ててくれたが、やはり、片親がいないのは寂しかった
だから、俺は自分が妻子を持つことがあったら、加藤さんの様な『父』になりたいと願った
でも……やっぱり、俺は加藤さんに嫉妬してんだろうな……
加藤さんは家庭を顧みながらも上司としても最高の人であった。そして、貴水はそんなあの人に惹かれていた
俺はそこに敗北感と僅かながらの嫉妬と劣等感を抱いていた
俺の心の中は好きな女に好かれている加藤さんへの男としての嫉妬と尊敬する上司に対する尊敬の天秤に揺らいでいた
だけど、だからと言って、俺は加藤さんのことを憎くは思えなかった
俺にとっては加藤さんは尊敬する人物に変わりはなかった
そして、それを証明するかの様な事件が起きた
あの人だけは……俺のことを信じてくれた……
あの人は俺のことを絶対に見捨てはしなかった
俺は以前の職場で身に覚えのない『横領』の罪を問われてクビを言い渡された
その際、同僚の多くは俺のことを白い目でジロジロと見て軽蔑し、ひそひそと俺にわざと聞かせているんじゃないかと思うぐらい陰口をたたいていた
もちろん、俺に敵意を抱かない人間も中にはいたが、内心では俺と距離を取ろうとしていたのを俺は理解できた。その中には貴水もいた
だけど、そんな俺に対して変わらない態度で接してくれたのが加藤さんだった
『すまない……君を守れなくて、だけど……僕は君を信じるよ
だから、今は耐えてくれ……』
と言って、俺に自分のコネを使って新しい職場を与えてくれた
そして、俺は感謝と共に
やっぱり……敵わないな〜
改めて、加藤さんの器の大き
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