第三節『ブルート』

「……う」

 私は目を覚ました。そして、ベッドの上の自分を見てみると、どうやら昨日はいつもの夜会服のまま寝たらしい

「優……」

 私は愛おしい異性の名前を呟いた。私は昨日、彼に酷いことをしてしまったのだ。あの時の私は嫉妬と疑惑に駆られて彼を侮辱し、乱暴に扱ったのだ。もし、性別が逆ならば婦女暴行と何ら変わりがない

 優に嫌われたら……私……

 今さらになって、私は昨日、自分がしてしまったことを理解してしまった。私がしばらく自己嫌悪に陥っていると

―――コンコン―――

「……!?」

 ドアを静かにしっかりとノックする音が聞こえてきた。そして、

「ベルン様、お目覚めですか?」

 少し暗いが昨日と変わり映えのない私の想い人であり、大切な従者であり、大切な異性の声が聞こえてきた

 優……

 その声を聞いて、私はすぐに冷静さを装って、主としての仮面をつけて彼に向かって

「ああ、先ほど起きたばかりだ。少し、ひどい恰好をしているので書斎の前で待っていてくれ」

 気丈に自らの弱い姿を見せまいと思って、彼にそう命じた。すると、彼は

「わかりました。では、お待ちします」

 何の戸惑いもなく、扉の前から去って行った

「………………」

 私は皺ができてしまった服を魔法で整えて、自室にある鏡台へと向かい鏡を使って自らの姿を見た

「ふふふ……この世界の吸血鬼の伝承には吸血鬼は鏡に映らないと言うのにね……」

 私はこの世界に来てから、この世界の多くの文学を暇つぶしに読んできた。その中で私は吸血鬼を題材にしたものもよく読んできたがこの世界の吸血鬼は私達とよく似た弱点を持っているが明らかに致命的な弱点が多いのと同時に多くの個性があるのも大きな違いだ。その中で大きな違いのある特徴の一つには『鏡にその姿が映らないこと』だった

「もしも、そうだったら良かったのに……」

 私は鏡に映った自分の姿を見てそう思った。今の私は髪はボサボサであり、目許は昨日流した涙によって腫れており、とても優の前に出せたものではなかった。鏡は容赦なく私に弱い自分を見せつけてきた。もしも、私が鏡に映らなかったら、優にこの姿を見せていただろう。あるいは本当の自分の気持ちを伝えることができたかもしれない

 この姿を見た優は私のことを慰めてくれるかしら……?

 私は本当は貴族の掟やプライドなんて捨てて、彼に自分の気持ちを伝えたい。だけど、それは彼にとっては『裏切り』になってしまう。私は彼に『死』を与えることを条件に彼を従者にした。もし、彼が自分が『生きたい』と願えるようになったのならば、私は貴族の掟やプライドなんて捨てて、なりふりかまわず彼に自分の想いを伝えたい。彼がたった2日間で私に見せた『輝き』はそんなものと比べることすらおこがましいほどのものだった。だからこそ、私は見合った対価を彼に捧げたい

 優……あなた、卑怯よ……あなたのことを理解するたびに私は……ただのベルンになっていってしまうわ……

 私にとって、彼の存在は大きくなっていった

「今日は月が綺麗ね……」

 私は気を紛らわすために窓から夜空を見上げた。今夜出ている月は美しい白銀の光を放っており、魔界の紅い月も美しいがこのような月も私からすれば悪いものではない。しばらく、その月を見ていた私は

「そうだ!!」

 あることを思いつき、すぐに自分の身支度を整えて部屋をでた。そして、廊下を早足で移動して優の元に向かった。そして、私の愛おしい人の姿が見えた

「優!」

 私が声をかけると彼はすぐに振り向き

「はい、なんでしょうか?」

「あのその……」

 何の戸惑いもなく返事をした。私は昨日のことが気が咎めてしまい、謝ろうとするが中々言い出せなかった

「昨日は……すまなかった……」

 なんとか、勇気を振り絞って謝罪の言葉を告げるが彼の反応は悲しいものだった

「いえ……大丈夫ですよ……僕にはそれぐらいしか価値がありませんから……」

 彼は私に気遣うようにそう言った。そして、自分には謝罪してもらう価値すらないと言ったのだ

 違うのよ……優、あなたは怒っていいの……お願いだから、そんなこと言わないで……あなたがいるだけで私は幸せなの……

 私は優の言葉が悲しかった。彼は自分の存在理由を失い、そして、未だに見つけることができないのだ。私が昨日、彼にしたことは彼によって糾弾されるべきなのに、彼はそれを怒るのではなく、恐れるのでもなく、苦しむのでもなく、ただそれだけを告げた

「ベルン様……?」

 彼は悲しみを隠そうと必死になっている私のことを気遣ってきた。私はその声を聞くとすぐに我に返った。そして、

「ありがとう、優……今日は散歩をする。君にもついてきてもらう」

 私はその気遣い
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