第一節『クノッヘン』

「ごちそうさまでした……」

 僕は今の自分にとっては身分不相応のホテルの食事を終えて、ホテルを後にした。そもそも、僕はこのホテルに宿泊する気もその資金すら用意していない。僕は加藤 優(かとう すぐる)。自分で言うのもどうかと思うが、限りなくヘタレだ。僕はホテルを出たあとホテルのすぐ近くの湖の畔を歩いた。そして、ホテルとは対岸に辿りつくと人の気配が完全にいないことを確認した僕は今まで我慢していた言葉を放った

「会いたいよ……士郎(しろう)……」

 僕は妻、いや元妻に親権を奪われた息子の名前を情けない声で呟き涙を流した。僕は半年前に突然、元妻に離婚を突き付けられ、訳の分からぬままになぜか僕がDVを奮ったと言うことを捏造され、一か月前に離婚した。言っておくが、僕は決して暴力なんて奮っていない。自画自賛ではないがこれでも誠実に妻子を愛し、仕事も真面目にこなしてきた。しかし、日本の司法とはどうゆうことか証拠もないのに男のほうが女の方が主張すれば、それが『黒』になるらしく、僕は慰謝料の請求を命じられた挙句、DV男のレッテルを貼られ、さらには最愛の息子の親権すらも奪われた。『疑わしきは被告人の利益に』と言う言葉はどうやら、刑事訴訟上限定のものらしい。それに裁判官は妙にフェミニスト染みたクソッタレ紳士であり、僕は無実にも関わらず『女性の敵』として彼の英雄気取りの『正義の鉄槌』を喰らった。僕は呆然自失の状態に陥り、さらにその話は職場までに広がり突然、僕は職場では煙たがれる存在になり、その噂は僕の実家の方にも届いたらしく父親はまったく僕のことを信用せず勘当した。それでも、僕は現状を耐えて仕事を続けた。なぜなら、僕には最愛の息子がいる。元妻には未練などないが少なくともあの子の養育費だけは払いたかった。しかし、そのささやかな支えすらもある事実によって完全に砕かれた。それは僕は士郎との面会を彼女に惨めにも懇願しに彼女の住むマンションに行った時である。そこで僕が目撃したのは僕の職場の上司である男とドライブへと向かおうとしていた元妻の姿であった。そして、僕は気づいてしまった。自分がハメられたと言う事実に。そう、元妻は僕と離婚する以前から上司と繋がっており、僕と言うスケープゴートを使って『悲劇のヒロイン』として心おきなく彼と結ばれようとしたのだろう。僕は彼らに気づかれる前に逃げた。逃げるしかなかった。奴らに情けない顔を見せるのが嫌だったからだ。それが僕に残っていた唯一の意地だったんだろう

「くそっ!!」

―ドガ―

 僕は湖の前で自らのふがいなさと愚かさを悔やみ、膝をついて地面に拳を叩きつけた

「くそっ!!」

―ドガ―

「くそっ!!」

―ドガ―

「くそっ!!」

―ドガ―

 何度も何度も拳を叩きつけ、その度に僕の皮は擦り剥け、痛々しい擦り傷が生まれた。しかし、今の僕にはそれしか自分を慰める手段が存在しなかった。既に僕の身体と心は信じていた妻と尊敬していた上司の『裏切り』と信じさえしてくれない周囲からの敵意による『孤独感』、最愛の我が子を奪われたと言う『喪失感』による苦痛に襲われ、その苦痛を少しでも和らげることができればこの程度の痛みなど、さらに求めた。しかし、苦痛は収まることを知らず、僕をさらに苦しめた

「あははははははははは……もう……どうでもいいや……」

 僕は狂ったように笑った、笑うしかなかった。そして、苦痛を止めるのを止めた

「どうせ……誰も信じてくれない……士郎だって……」

 僕は誰にも信じられない現状を再び認識し、同時に士郎の将来を考えてしまった

 きっと、あの女と男のことだ……士郎が僕のことを聞いてもあいつらは僕のことを極悪非道の鬼畜だと歪めて教えるだろう……そしたら、士郎すらも僕のことを……

 僕は息子が自らを裏切った者たちに『嘘』を吹きこまれ、僕を蔑み憎む未来を想像してしまい、さらなる恐怖に苛まれた。愛する存在に憎まれる。それは最もこの世界で恐ろしいことの一つだ

「なら……いっそ……!!」

 僕はもう生きることに対して、何の希望も渇望も持つことができず、そして、己を襲う苦痛から逃げたいがために死に『救い』を求めた。息子の養育費だけが気がかりであったが幸いにも僕の退職金を含めた全財産は士郎の養育費を全額払う分には十分だ。僕はこの湖を死に場所に選んだ

「そう言えば、高校の授業で昔の中国に『周りは濁っているのに私だけは澄んでいる』と言って自殺した詩人がいたと教えてもらったっけ……」

 僕はふと昔、漢文の授業で習った故事を思い出した。そして、同時に涙を流し笑った

「まるで、僕みたいだ……でも、僕は誰からも『澄んでいる』と言われないのだろう……」

『お前など、儂の息子じゃない!!』

 僕の脳裏に実父の言
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