朝が訪れる。今日もいつもと変わらない、いやあの時よりも劣っている一日が始まる
あの時から2年か……いつまで僕はこの苦しみを味わうのだろうか?あの時のことを思い出すたびに吐き気を感じる……彼女はあの時なんと言ったけ?忘れたい……すべてを忘れたい……
「今日の茶葉は……ニルギリにしよう」
僕は朝食のトーストとトマトをテーブルに配膳し、そして日課である朝の紅茶を淹れた。温めておいたティーポットに2番目に好きな銘柄を茶葉ケースから2杯ティースプーンで取り出しお湯を注いで茶葉から紅茶が抽出した
その待ち時間すら今の僕にとっては苦痛でしかない……前は紅茶を蒸している時間も楽しかった。だけど、今はちがう……
「いつか……アールグレイも飲めるようにならきゃいけないね」
そう言って僕は笑いながら150秒経ったことで風味が出た紅茶をポットからティーカップに淹れて何も入れずにストレートで飲んだ。砂糖もミルクもレモンも何も入れないで。と言うよりはそんなもの紅茶のために用意していない
「さてと題材を集めないといけないね。今日はどのルートを散策しようか……」
僕がこの町に引っ越して来てからまだ3か月しか経っていない僕は二年前までただのフリーターに近かった。いや、自分で言うのもどうかとも思うけど正確には若手有力派の作家だった。とある雑誌から専属契約を結んでもらう程の才能はあったけど、実際はアルバイトと祖父の資金面の援助によって生活していた中身のない男だった……だからあんなことが……?
「うっ……!?」
僕は吐き気を感じて口を手で抑えた。幸いにも朝食はトーストとトマトだけだったからか吐き出すものはなかった
「はあはあはあはあ」
嘔吐はしなかったが動悸や息切れ、そして胸の痛みを感じる
「やめよう……過去のことを思い出しても辛いだけだ」
そう自分に言い聞かして外出の準備を始める。顔を洗い髭を剃り再び顔を洗い流し、髪型を整えた
『いい明(あきら)?あんたは顔が整っているんだからちゃんと身支度を整えなさい。そしたら、女の子にも受けるんだから』
「……!!」
―ドン!!―
姉さんの言葉を思い出したら咄嗟に唇を噛みしめ、壁を思いきり右手で叩いた。そして、鏡を見るとそこにいるのは顔が整っているがこの世の全てを憎むような怨嗟の念がこもった瞳をした『僕』がいた
「………」
僕はそれを見てこう呟いた
「なんて醜いんだろう」
それだけ言うと僕は戸締りをすましてから、家を出た。しばらく住宅街を歩いていると
「あら、明君おはよう」
「あ、恵美さんおはようございます」
近所の主婦の東 恵美(あずま めぐみ)さんに会った。この人はいい人なんだけど苦手だ
「九条さん、今日も題材集め?」
「ええ、まあ……」
東さんは祖父が存命だった時からの付き合いでやんちゃだった頃の僕を叱った女性だ。だから、僕の職業を知っており成人男性が早朝から散歩していることに対して変な視線を送らないでくれる。この人のママさんネットのおかげで僕はこの町では奇異の目で見られることはない。色々な意味で頭が上がらない人だ
「小説家て夢のある職業でいいわね……本当に憧れちゃうわ」
「……いえ、僕は恵美さんの旦那さんの方が立派だと思いますよ?」
東さんの御主人は市役所の土木課で働く男性だ。妻である恵美さんとお子さん2人を養う一家の大黒柱だ。僕が尊敬する人でよく飲みに行く友人だ
「あら、ありがとう!!主人も喜ぶと思うわ」
「本当のことですよ……御家族をちゃんと顧みることができるなんて最高の旦那さんじゃないですか?小説家なんて旦那さんにしたらつまらないだけですよ。奥さんに苦労ばっかかけるだけですし、話なんか堅苦しいだけですし……」
「そうかしら?でも……」
僕が自嘲気味に言うと恵美さんは
「明君みたいな誠実な人が旦那さんなら奥さんになる人は幸せだと思うわ」
と何の悪意もなく屈託のない笑顔で賛辞の言葉を送ってくれた。しかし、本来ならば喜ぶべきだが僕は
「うっ……!!」
「明君!?ちょっと、大丈夫!?」
「はあはあ……大丈夫です……」
僕は突然先ほどのような症状を感じた。恵美さんは突然の僕の急変ぶりに驚き心配するが僕は胸を抑えながら平静を装うとする
「大丈夫て……顔色が悪いわ……」
「本当に大丈夫です!!……じゃ!!」
「ちょっと、明君!!」
呼び止める恵美さんを無視して僕はその場から逃げるようにその場を後にした。動悸や息切れを耐えながら走った。途中過呼吸になるんじゃないかと思ったが大丈夫だった。だけど
「ぜえぜえ……!!うっ!!」
立ち止まると突然吐き気が襲ってきた。吐き気と格闘し動悸が収まるまで近くの建物の壁に寄り掛かると
『明君みたいな誠実な人が旦那さんなら奥さんになる人は幸せだと思うわ』
「は
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