乾いた空気に、雲の影すらもない青空。当然、人々の活動は活発になる。
外へ出て、買い物をするもよし、狩りに出るもよし、訓練するもよし。
私は何をするという目的もないまま、ただぶらぶらと散歩していた。
散歩するにも、いい日である。
「そこの御仁」
多数の人々が行き交う大通り。
道端には果物や装飾品などの露天も並び、賑わいを見せている。
「私と手合わせ願いたい」
そんな暢気な場所で、背中から剣呑な言葉を投げかけられた。
一瞬、通りがざわめく。
だが、すぐにざわめきは歓声へと変わる。
私と彼女を円形に取り囲み、あたかも闘技場のように観客が形作る。
これでは避けようもない。
「致し方なし、か」
振り向く。
深い緑色の鎧を身にまとい、大剣を構えた剣士が居た。
その耳は爬虫類のものであり、背後には緑色の尻尾が垣間見える。
確か「りざあどまん」といったか。
ただ、魔物であっても武人に変わりはない。
腰に提げた二本の刃物のうち、右手で長いほうを抜く。
波打つ輝きが人々の目を集めているのがわかる。物珍しさからだろう。
そして、左手で短いほうを抜く。同じ波打つ煌きが眼に映る。
私は二刀流。
「我が名は菊川次郎長船」
彼女は私の名乗りに調子を合わせる。
「私の名はディアナ・ムーナイト」
ぐ、と腰を落とし、身体を斜めに向ける。
次いで、右手を前へ、左手を後ろへ突き出す。
「いざ尋常に勝負!」
「行くぞ、『ジパング』の者よッ!」
歓声が大きくなった。
巨大化した野次馬の興奮を合図に、彼女が突進する。
まっすぐ、私に向かって突っ込んでくる。
両手で構えられた大剣は、すでに彼女の頭上にある。
この剣は、私の地方に伝わるものと似ている。
南方で興った剣術は、このような大剣を使う。
一撃を以って敵を「潰す」。二度目はない。「二の太刀要らず」と呼ばれる剣術だ。
子供の背ほどもある大剣ならそう使わざるを得ないか。
彼女の猛進に私は呼吸を合わせる。おそらくは、返しの刃で仕舞いだ。
と、一瞬彼女の動きが変わる。
彼女はあと二、三歩のところで軸足をぐぐぐ、と曲げた。
「それえっ!!」
足をバネのように反発させ、こちらに一気に突っ込んでくる。
ただ勢いに任せるだけではない、緩急をつけるやり方。
相手の技量を侮ったか。だが剣の軌道は一定だ。
上から下へ、重力と己の力に任せ、直線的に振り下ろすだけ。
す、と左肩を引く。
甚大な破壊力を伴った大剣は、すれすれのところで肉体ではなく石畳を粉々に砕いた。
人々から興奮の叫び声があがる。
無言で右手の刀を横へ薙ぐ。
その動きを彼女は読んでいたのだろう、強靭な瞬発力を以って後ろへと飛び退く。
さすがは魔物、と言ったところか。身体能力が桁外れに高い。
飛び退いた彼女に体勢を整える猶予など与える必要はない。
私は軸としていた左足だけで前へ跳躍する。
右手を引く。鞭の要領で腕をしならせ、彼女の鎧で覆われた胸元へと刀を振るう。
しかし、彼女の跳躍の速さは私のそれよりも勝っていたようだ。
刀は空を斬る。
一瞬の間。状況を振り出しに戻すには充分な時間だ。
私は構えを戻す。
彼女は、ざざ、と止まった。
歓声が途切れ、音が無くなる。
「すう」
一つ吸気。
そして、私は揺れ始める。
なんだ。
いきなり、揺れ始めたと思ったら。
「なんだ!?」
見ている野次馬も、眼前で発生した魔術的な光景に動揺を隠せない。
私の前にいる者が、不規則に揺れ始める。
時に速く、時に遅く。木の葉が落ちるような、予測できない速度の変化だ。
そして、それに合わせて。
「二人、いや、三人!? どんどん増える!?」
誰とも分からない驚きの声が状況の不可思議を端的に物語っている。
目の前の剣士が、一人から二人、そして三人と人数が増えていくように見える。
残像?
それとも『ジパング』に伝わる剣術?
どちらにせよ、それなら。
縦に振りかぶるのではなく、横に薙ぐ。
分身しようがしまいが、横一文字で全て薙ぎ払ってしまえばいい。
私は上段に構えていた剣を下段に構えなおした。
直後、剣士の姿が分離した。
一人は右へ、一人は左へ。
別の一人は斜め右前。また他の一人は斜め左前へ跳躍する。
かと思えば、上へ跳ぶ者もあり、まっすぐ私へ向かってくる者も居る。
しかしいかに『ジパング』の者といえど、スライムのように分裂できる訳がない。
ならば、「本物」は誰か。
眼を閉じ、意識を集中する。
分身ではない本物が発する気配はどこか。
彼が着ている「キモノ」の衣擦れ、呼吸。彼の「すべて」がどこにいるかを告げる。
「そこだあっ!!」
気付かれた。
やはり、魔物というものは第六感が働くというのだろうか。
私は彼女の背後を取るつもりでいた。事実、後ろには回りこめた。
分身を繰り出す目的は、相手に「目移り」をさせることにある
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