「となると、後はアレが必要だな」
実験結果、素材、効果などのデータをまとめたノートを見ながら一人つぶやく。
後ろにある窓からは月の光が差し込んでいるのだが、人の目で物を見れるほどの明るさではない。
そもそも、窓に背を向けているので月の光のせいで影になり、より見難くなるのだが。
机の上に置いた、よわよわしいランプの光を頼りに、ノートをめくる。
確か、近くの山に自生してたはずだな。
湿った土を好むから、川の近くや森の奥にある。しかし――
「!?」
一陣の湿った風が吹いた。いや、正確には湿っていたわけではない。
わずかに魔力を帯びた、ぞくっ、とする風だ。
近くに強い力を持った魔物が潜んでいる証拠。
「……」
俺はゆっくりと、顔だけ後ろに向けた。
「あら、よく気付いたわね?」
目の前に立っていたのは、女。
黒いローブを羽織り、開いた前面からは豊満な肉体が覗く。
パーティドレス、とでも言えるのだろうか、正装に近い。
身体の凹凸が出にくい服装でも、いかに成熟しているかが見てとれるほどだ。
「風にも魔力が乗るぐらいだ、気付かない方がどうかしている」
軽かった彼女の口調に合わせるように、肩をすくめて答える。
「普通の人間は気付かないのだけど?」
「少しは魔法に覚えがあってな」
「へえ、じゃあ」
彼女は、にやり、と笑った。
その口元には、鋭くとがった犬歯が顔を見せた。
「戦う?」
「遠慮する」
間髪いれずに出た俺の言葉に、彼女がずっこけた。
「俺は最低ランクの防御魔法ぐらいしか使えないんでな、まともに魔物とは戦えない」
俺は椅子ごと身体を彼女の方へ向けた。そして、彼女の目的にそえるように、右へ首を傾ける。
「それでいて、別に肉体を鍛えているわけでもないんでな」
彼女は、俺を怪訝な表情で真正面から見据えている。
「血を吸いに来たんだろう? 早く吸ってくれ」
首筋を無防備にする俺に対し、表情がさらに不可思議なものを見る目になった。
「あなた、かなりの偏狭だわ」
「褒め言葉と受け取めよう」
表情が一転した。彼女は、に、とほほ笑む。
「ふふふ、あなた、楽しい人間ね」
彼女は、金色の長髪をその細く白い指でさら、と流した。
俺は抵抗せず、目を閉じる。
ゆっくりと、魔力の塊が近づいてきているのが視覚を通さなくてもわかる。
そして、目の前にきた。
「では」
彼女はの言葉と同時に、首筋に鋭い痛みが走った。
「っ!」
思わず眉をしかめる。が。
「!?」
これ以上ないほどの快感が脳髄を襲う。
背筋が、勝手にゾクゾクいってしまう。
手が握りこぶしを作り、奥歯をギシギシと音が鳴るほどにくいしばる。
耐えたい、が、耐えがたい快感だ。
「っ!」
短い強烈な快感は、牙を首筋から離す音を感じることで終わった。
噛まれた首筋に手を当てる。
二つの小さな穴が開いているようだ。
ヴァンパイアの吸血は初めて喰らうが、これは理性が飛びそうなほどに強い快感だ。
だが、不思議と身体は反応していない。
注がれる魔力による、直接感覚に訴える快感だからなのだろう。
「あなたの血、極上ね」
「健康には自信があるぞ」
「そうじゃない」
「は?」
彼女は、先ほどの笑みを、恍惚の笑みに変えて言う。
「あなたの血にある精、魔力、ともに素晴らしい」
「そりゃどうも」
「決めたわ」
「何を?」
「あなたの血を吸い続けることにした」
……勘弁してほしいのだがな。
彼女が来るようになって、早一ヶ月。
毎週、いや、最近では隔日の周期で訪れ、俺の血を吸っている。
最近では、血を吸い終わってからも他愛無い雑談をするために彼女は部屋に残っているほどだ。
俺としては、人間ではない者との関係は研究の上ではありがたいから構いはしない。
薬や薬草に関する本でほとんどを埋め尽くされた本棚が三つ。
ノートを二つ、やっと広げられる机が一つ。
そして、一人寝るには十分な大きさのベッドが一つ。
部屋の大きさとしては、人が二人入るのが限界、それくらいの広さだ。
俺の部屋はあまり広くない。部屋の内容量限界ぎりぎりの人数が、二日に一回この部屋に居ることになる。
珍しいことだ。
「ねえ」
彼女は、おそらく彼女には興味がない本が並ぶ本棚を見ている。
「なんだ?」
「この本」
彼女は、一冊の本を取りだした。
子どもが好むような、デフォルメされた魔術師の絵と、「初級魔法の手ほどき」とポップな字体で書かれたタイトルが目に入る。
「ああ、俺が子どものころに読んだ魔術書……とも言えないような、魔術書だ」
彼女は俺の言葉を聞きながら、本をめくる。
ぱら、ぱら、とめくる音だけが聞こえる。
その手つきは優しかった。魔物が人間のモノを扱う手つきには思えなかった。
「攻撃魔法のところに、小さくバツが書かれているわね」
「挑戦して失敗した証だ」
魔法を遣うためには、「
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