夜になり、裏路地はすっかり暗くなる。
そんな中、酒場「三本足の鴉」の窓からは、灯りと賑やかな笑い声が漏れ出していた。
そんな酒場の扉をばーんと開け放ち、一人の男が入ってきた。
「ぅお〜う、こぉ〜んなところにも、ゥイック、飲める店が、ィック、あるじゃねぇかィック」
身なりこそ整っているが、顔は真っ赤で、足取りもおぼつかない。どう見ても酔っ払いだった。
「ぉお〜い、何でもいいから、ゥィック、酒ぇ、くれやゥイック」
男はふらふらとカウンターへと歩いていき、よろけるようにテーブルにもたれかかる。
中にいた客たちは、そのまま騒ぎながらも素早く互いに目配せをして、そしてテーブル近くにいた一人の巨漢が男に歩み寄った。
「おいおいおい、見慣れねぇ顔だが、えらく出来上がってるじゃねぇか。おっさん、大丈夫かぁ?」
「ぁあ〜ん!? お前のような奴にィック、おっさん呼ばわりされる筋合いはック、なぁ〜い!!」
男は巨漢を追い払うように手を振り回すが、全く狙いが定まっていない。
巨漢は苦笑しながら肩をすくめ、男の肩を担ぐように抱えた。
「ったく、困ったおっさんだぜ……。悪ぃが、この店は会員制でなぁ。おっさん、今日はもう飲まねぇで帰った方がいいぜ?」
「んだとぉ〜う? この店はぁ、ィック、俺に出す酒がぁ、ゥィック、ねぇってのかぁ〜!?」
「ったく、こちとらピリピリしてるってのによ……おら、おっさん、頑張って歩け」
そう言いながら、巨漢は男を引きずるようにして店を出ると、少し離れたところで男を解放した。
「ほれ、さっさと帰んな。んなところで寝るんじゃねぇぞ」
「ぅるせぇ、クソったれがぁ、ゥイック、おとといきやがれってんだゥィック!」
巨漢は地面にへたり込んだまま悪態をつく男を見て苦笑しながら肩をすくめると、店の中へと戻っていった。
男はしばし座ったままぐったりしていたが、巨漢の姿が見えなくなると、すっと立ち上がり、静かにその場から移動した。
さっきまでの様子が嘘のように、男は慎重に、店の方に注意を向けながら、素早く路地を曲がる。
そこには、隠れて様子を伺っていたリフォンたちがいた。
「……ふぅ、どうやら後を尾けられたりはしていないようだな。……どうした、何だその顔は」
リフォンたちは唖然とした様子でその男――衛兵たちのリーダーの顔を見つめていた。
彼が、リフォンたちに迷惑をかけた侘びとして、偵察を手伝わせて欲しいと願い出てきたのだ。
今回は前の街と同様に店の中の客が全員暗殺者であるという保証がなかったため、顔を知られているリフォンたちにとってはありがたい提案だった。
なので、彼に酔っ払いの一般人の振りをしてもらい、様子を探ってきてもらったわけなのだが。
「……あんた、本当に衛兵たちのリーダーさん、だよな……?」
髭を剃り、服を着替える等、簡単に変装しているとは言え、最初に会った時の彼とはあまりにもかけ離れた演技だった。
「はっはっは、これでも昔は役者を目指していたこともあったのだよ。……それと、私にはちゃんとベレリックという名前があるのだぞ?」
「あ、ああ。すまない。道理で、本当の酔っ払いみたいに見えたわけだ……」
「……あのおっさん、『より酔っ払いらしくするため』とか言って、浴びるほど酒飲んでいったよな……?」
「……今普通に会話してる方が信じられないわ……」
リフォンの背後で、ミルラナとセトゥラがひそひそとそんなことを話している。
「……で、中はどんな感じだった?」
リフォンも若干不安になったらしく、ベレリックにそう尋ねた。
「うむ、中は意外と広く、見える範囲にいたのは11人だな。奥の部屋とやらまでは見えなかった。会員制だと言っていたし、全員で素早く目配せをして私を追い出したところを見ると、皆暗殺者だと見て間違いあるまい」
ベレリックはさらさらと淀みなくそう答えた。恐ろしく冷静かつ的確な観察である。
「……ありがとな。これで、一般人が人質に取られる心配はなさそう、か」
最大の懸念事項がなくなり、リフォンはほっとした表情になる。
「何、当然のことをしたまでさ。部下たちも店に続く道全てに配置して封鎖してある。あとは……」
「ああ。突入、だな」
「うむ。こちらとしても不測の事態に備えておきたいし、ああいった連中を相手にするのは君たちの方が場慣れしている。……申し訳ないが、よろしく頼んだぞ」
「任せておいてくれ。……それじゃ、行きますか」
リフォンはそう言って歩き出し――ふらりとよろけるように近くの壁に手をついた。
「ちょっと、リフォン? 大丈夫?」
ミルラナが心配そうに声をかける。
「っと……ああ、大丈夫だ。暗くて足元の石に気づかんかっただけだ」
「何だよ、兄貴らし
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