霧の大地の奥深く、人里離れた山奥、切り立った崖の上に、とある屋敷があった。その外見は豪勢ではないが、質素というわけでもなく、威厳高いという印象が強い。敷地はジャイアントアントの作る巣のように広く、所々にひびも見えるが、その塀は龍の腹のように長く、中の様子は外からでは一切見えない。時折、中から何かを割るような音や、金属を打ち付け合うような音、誰かが叫ぶ声も聞こえ、ただならぬ雰囲気を放ち、近寄りがたい印象を覚える。実際、人里のものはその屋敷を恐れ、滅多に近寄らない。そして、巨人でも出入りしているかのように大きな門の横には、「霧楼泊」と達筆に書かれた小さな看板が静かにかけられていた。これだけを見れば、厳しく、格の高い道場に思える。ただし、その横に、
「来たれ!最強の愛弟子!」
と、書かれた(しかも可愛らしい字で)場違いな看板が立てかけられていることを除けばの話だが。
そして今、この風変わりな道場の前に、1人の少年が立っていた。
「はっ…はー…はー…っ…」
息を整えながら、額に浮かぶ汗を拭う。
修行の一つと言われ、山二つを越えた先にある人里に買い物を押し付け…もとい頼まれ、しかも半日で戻ってこいなどという師匠たちの無茶振りを聞かされたときには驚かされたが、なんとか門限の前に戻ってこれた。
「…ふーっ…本番はこっからなんだけどな…」
独り呟いて覚悟を決めるように息をひと吐きし、この重たく、大きい門を見据えた。ゆっくりと手をかけて、力の限り押す。
「ぐぬぬぬぬ…」
だんだんと重たい門が開いていく、全身の筋肉を使って、ようやくひと一人が通れるようになった瞬間、
「チェンルーーーーーン
#9825;
#9825;」
白と黒の柔らかそうな毛に包まれたパンダもどき…もといレンシュンマオの鈴玉(リンユー)が飛びかかってきた。すかさずこれを避けて、倒れこむように塀の中に入る。
「ふんっ!」
全力疾走である。目指すは入って10m先にある屋敷の玄関!
「あー!避けられた!もー!」
一方、飛びかかってきたリンユー師匠は、宙で体を巧みに捻り、門の外の木を蹴って再び襲いかかってくる。
「こんどこそ!」
だがそれは初めてのことでは無い。
「おりゃ!」
屋敷の玄関に駆け込み、間一髪で扉を閉める。
「わわわ!ふぎゅ!」
空中で勢いを殺せずに、リンユー師匠が扉に頭から突っ込んだ。
「ちょっとー!痛いじゃなーい!」
「飛びかかってくる師匠が悪いんだよ!」
文句に軽口を返しながらまた廊下を走る。
道場に帰ると毎度、こうして盛った師匠が襲いかかってくる。もちろん、「そんなこと」をしにこの道場に入ったわけではないので、毎日のようにこのような修行(?)をしている。いや、美人に追いかけられるのが嬉しくないわけではないが。
「今のところ、奇跡的に無事だけど…」
「それじゃあ今日が運命の日かな?」
独り言を呟いた途端に、数多に並ぶ扉のうち1つが開き、茶色く染まった尻尾がこの体に巻き付こうと飛び出てきた。
「喰らうか!」
「ざーんねーん
#9825;」
「ぬわあ!?」
尻尾を手で振り払うと、部屋の中から出てきた手が素早く腕を掴み、そのまま中に体を引き摺り込まれる。
「甘い甘〜い
#9825;シャオエン姉ちゃんに勝とうなんざ、10年は早いのさ、少年
#9825;」
「…っ!」
赤く頬を染めたカク猿…曉燕(シャオエン)にマウントを完全に取られた。手足は絡め取られ、身動きが取れない。かくなる上は…
「さ、一緒に激しく…」
「あっ!柿が落ちてる!」
「嘘!どこ!?…って、あ!」
奥の手、だまし討ち。シャオエン師匠が柿に目がないのを知っていてよかった。力を緩めた隙を逃さず、体を捻って抜け出し、そのまま入ってきた場所とは違う扉を開けてまた走り出す。
「逃すかー!」
「待てー!」
パンダに猿が加わり、ひと並外れた速さでこちらに向かってくる。直線的に逃げても勝ち目はない、部屋から部屋へ、扉から扉へと逃げる。
「くそ!どこ行ったー!」
「もー!逃げないでよチェンルーン!」
「…ふぅ」
逃走を繰り返すこと数分、どうやら見失ったくれたようだ。あとはどうやって自分の部屋に戻るかだが…
「なにやら騒がしいと思ったら、帰ったのかチェンルン」
「うひゃぁあ!?」
振り向くとそこには白澤…静麗(ジンリー)が座って書を開いていた。どんな部屋かよく見ていなかった…。
「なにもそこまで驚くことはないだろう…」
「ご、ごめんなさい」
「まあ、あの2人に追いかけられれば無理もないか…」
帰ってきてようやく道場の常識人に出会えた安心感に、ほっと胸をなでおろす。
「ところで…」
しかし、がらりと声調を変えたジンリー師匠の言葉に、背筋が再び冷たくなる。
「この前、出した課題につ
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