赤旗騎士団長リリア・ウインストン。
通称『黒衣のリリア』。
ワイバーンやハーピーと言った空を飛ぶ魔物達で構成され、特定の魔王軍の傘下に収まる事なく各地を転戦する遊撃部隊『赤旗騎士団』の団長を務めるワイバーンであり、騎士団結成以前からパートナーたる竜騎士兼赤旗騎士団副団長兼夫のミハエルと共に各地を戦ってきた猛者である。
顔を斜めに走る刀傷。その傷と同じくらいの鋭さを持ち、見る者を射殺さんばかりの迫力を放つ眼。緑の鱗に覆われた肌や翼にはおびただしい数の古傷――裂傷や打撲痕が痛々しい程に刻まれ、それを隠すかのように袖のない黒い革製のロングコートを、前を開けたまま常に羽織っていた。このコートこそが、彼女が『黒衣』と呼ばれる所以である。
口数は少なく冷静沈着で、あまり感情を表に出すタイプでは無かった。見た目の怖さ――『団長として』のリリアは冗談じゃなく怖い――も相まって赤の他人からは誤解を受ける事が多かったが、本当は不器用な性格ながらも人が良く、部下を何よりも大切にするまさに『女傑』であった。団員にとって彼女はまさにこの騎士団のシンボルであり、最高の上官であるのだ。
そして彼女はミハエルに対しても、ぶっきらぼうながらも親愛の念を向けていた。ミハエルはリリアとは対照的に社交スキルの高い細身の――華奢と呼んでもいい――青年で、パッと見ただけではとてもあの『黒衣』を御する事は出来そうには見えなかった。だがリリアはミハエルの言う事によく従い、ミハエルもまたリリアの事を強く信じ愛していた。
二人はどこに行くのも一緒で、交わし合う口数は少なく手を握るなどと言ったスキンシップも少ない方であったが、彼らはまさに一心同体であったのだ。
「行くぞ! 勝利は我らが旗の下にあり!」
そして今日も、『黒衣のリリア』は高らかに叫ぶだろう。そして声高に進軍の号令を下して味方を鼓舞した後、傍らにいた愛する夫に向けて厳しく、だが愛に満ちた言葉を捧げるだろう。
「ミハエル! 振り落とされるなよ!」
「応!」
そしてそれに力強く答えたミハエルを背に乗せ、リリアは空へと舞い上がるだろう。
魔王に勝利を――騎士団に勝利をもたらすために。
「……だとさ」
ミハエルはそう言って、それまで読んでいた雑誌のとある見開きの部分を開いたまま、横に並んで座っていた一人の魔物の元に置いた。
「取材を受けた覚えはないんだが……まあ概ね合ってるから良しとするか」
人魔入り乱れ、むせ返るような酒の匂いと喧騒に満ち満ちた酒場の中。ミハエルがそうまとめた一方で、その黒い革のコートを羽織った翼手の魔物はその『連載・今日の魔ヒーロー 著:ピピン(リャナンシー)』と記された雑誌の見開きに目を向ける事もなく、酒に負けた訳でもないのに弱々しく背を丸めていた。
「俺達も随分と有名になったな」
「うう……こんなつもりじゃなかったのに……」
コートが隠しきれていない部分には裂傷や打撲痕が生々しく刻まれ、顔には斜めに走った刀傷があった。だがそんな見るからに歴戦の勇士とも言えるその風貌の持ち主は、酒の入ったグラスを握り締めながらその威風堂々さが嘘のように全身からネガティブなオーラを垂れ流していた。
「どうしてこうなったのかなあ……? 私はもっと穏便に、輸送とか偵察とかみたいな穏やか物がしたかったのに……どうしてこんな実戦メインの騎士団になっちゃったのかなあ……?」
「そう言われてもなあ」
さっきから酒を一滴も呑まずに愚痴ばかり口から零すその魔物に向けて、ミハエルがそう素っ気なく返す。そして自分はグラスの中に入っている黄金色の液体を一息に喉に流しこみ、その焼けつくような感触を目を瞑って楽しみながら続けた。
「だいたい、そのお前の難儀な体質が原因だと思うんだがな」
「ええっ!? これ、赤旗騎士団がこうなったのって、私が原因なの!?」
「それ以外に何がある。団長のお前がいつもいの一番に暴れ回るから、足下にウォーモンガーばっか集まってくるんだろうが」
ますますネガティブな波動を全身から放ち始めた赤旗騎士団長――ワイバーン『黒衣のリリア』を尻目に、ミハエルが店主のラミアにおかわりを頼む。
その時、手元のグラスの中の酒を一気飲みした後、リリアが新たな一杯に口をつけようとしていたミハエルに顔を向けた。
「違うもん! 私は困ってる人がいたら放っとけないだけで、別に戦いが好きな訳じゃないんだもん!」
その目の部分には、両目どころか顔の上三分の一を覆い隠すほどに大きな真円状の瓶底眼鏡が身に着けられていた。レンズが光を反射していたので瞳は見えず、代わりにレンズに刻まれた渦巻き模様がより鮮明に映し出されていた。
「ほら、ジパングに善は急げって言葉があるじゃない。私はあくまで
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