みんなのシスターサーシャ

「何か、やりたい事とか無いかな?」

 事の発端は、ベッドの上で一人の青年が出し抜けに放ったその言葉であった。その青年の妻であり、青年を主としたハーレムに属していたサーシャ・フォルムーンは、自身に向けられたその言葉を耳にして最初大いに戸惑った。
 時刻は午前三時。青年と彼の他の妻達と共に大いに愛を交わし合い、そして他の女性と同様に精根尽き果てて寝入っていた所を、当の彼に起こされてからすぐの事であった。

「あ、あの、それは一体どう言う……」
「言葉通りの意味だよ。何かやりたい……と言うか、俺にして欲しい事とか無いかな?」
「は、はい。それはわかりました。私が知りたいのは、なぜそれを私だけに言ったのか、と言う事なのですが」

 他に愛する妻がいる中で自分一人が特別扱いされている事に対して大きく戸惑いを見せたサーシャを見て、青年は「ああ、やっぱりこの人は変わってないな」と穏やかな表情を浮かべて昔を思い出した。
 自分の幸せよりも他人の幸せを優先し、誰に対しても別け隔てなく愛情を持って接したサーシャ。勇者であることよりも孤児院のシスターとして子供達を支えていく事を決めた心優しい女性。そして自分にとっての姉とも言える存在。
 そうして大部分が風化した過去の残滓を手繰り寄せながら、青年が感謝の念を込めてサーシャの頬を優しく撫でる。その最愛の人の手の暖かな感触にうっとりと目を細めていたサーシャに、青年が手と同じくらい暖かな声色で言った。

「俺、昔からサーシャにはお世話になりっぱなしだったからさ。その恩返しって言うか、お返しがしたいんだよ」
「恩返しだなんて、そんな……。私はもう、あなたが私の想いに答えてくれただけで満足なのです。あなたが傍にいてくれる。それ以外に何も望みません」

 目を瞑ったまま自身の頬に当てられた青年の手の上に自分の手を重ね、サーシャが柔らかい口調で言った。女性から――それもとびきりの美女から――そこまで想い慕われると言うのは正に男冥利に尽きる事だったが、しかしそれではこちらの気が済まないのも事実。青年はなおもサーシャに詰め寄った。

「それでも、俺はサーシャに何かしてあげたいんだよ。何か願望とか、やりたいんだけど今まで出来なかった事とか、無いのかな?」
「それは……その……」

 サーシャが目を開け、頬の手はそのままに恥じらいの表情を浮かべて目を背ける。

「……はい。あります」

 だが魔物化――ダークプリーストへの変化の影響は、彼女に大きな変化を齎していた。それまでのように自分を押し殺して欲望を隠そうとする事は無くなり、逆に己の欲望にとことんまで忠実になったのだ。堕落神さまさまである。
 ただ、それを肯定するのに躊躇いを感じたり、その心に抱いたはしたない願望を口にする際に恥じらいの感情を持ってしまうのは彼女の『人間の名残』と言うか、ご愛嬌と言うやつである。
 だがどれだけ恥じらいを感じようとも、捻った蛇口から水が吹き出し続けるのと同じように、一度心を開いたサーシャの欲望は止まる所を知らなかった。

「あります。私、あなたにやってもらいたい事が一つ、あります」
「それはなに? 言ってみて」
「はい。それは、それはですね――」

 希望と欲望に蕩けた顔でサーシャが青年の耳元に顔を寄せ、ぼそぼそと何かを囁き始めた……。




「お姉ちゃーん♪」
「はーい♪」

 翌日、レスカティエ王城内では信じられない光景が広がっていた。

「あのねあのね、今日鍛錬の時間にメルセと模擬戦したんだけどね、僕メルセと二分も戦ってられたんだよ!」
「まあ、すごい! この前より二十秒も長くなっているじゃないですか! 少しずつ強くなっていますね♪」
「えへへー。凄いでしょー?」
「はい♪ とても凄い事ですよ♪ なのでとっても努力しているあなたに、お姉ちゃんからご褒美あげちゃいます♪」

 心身ともに成長しきった一人の青年が、まるで幼児に戻ったかの如き拙く幼い口調でサーシャに甘えていたのだ。これまで彼がサーシャに甘えてくる事は何度かあったが、今回のこれは常軌を逸していた。そしてそれだけベタベタしておきながらその瞳はなけなしの理性を保ち、サーシャの体を求めてこようとしなかったのが何より一番の驚きであった。

「はーい♪ いい子いい子♪」
「えへへ……お姉ちゃあん……♪」
「ふふっ♪ 本当にもう甘えん坊さんなんですから♪ その可愛いさはもう反則♪ 反則ですっ♪」

 サーシャもサーシャで、そんな青年の変わり果てた態度を前に自身もまたデレデレな態度を取ってみせる。だが青年と同様にサーシャの顔は快楽に蕩けてはおらず、純粋な恋慕の情から来る暖かな笑みに満ちていた。
 青年の頭を自身の豊満な胸の谷間に埋め両手で抱き締めるその姿は、もはや夫を愛する妻ではな
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