酒と魔物と男と女

 メデューサの場合


「カルーアミルクください」

 深夜の町の片隅にぽつんと存在する、古びた蓄音機からジャズ音楽が静かに流れる小さなバー。そのカウンター席で自分の横に座っていた男のその言葉を聞いて、メデューサのティケーは露骨に顔をしかめた。だが男は彼女と彼女の頭から生えている蛇達の視線――一方は嫌そうに、もう一方は興味津々な視線だった――に気づきながら、それでも平然とサキュバスのバーテンダーが差し出したそのカクテルを受け取った。

「あんたって、本ッ当にお子様な舌ね」

 そんななおも態度を改めない男を横目で睨みつけながら、ティケーが吐き捨てるように言った。男はそれに苦笑しつつグラスを傾け、その薄茶色の酒を喉に流し込んでいく。

「いいじゃん別に。俺が飲みたいんだからさ」

 舌を通して伝わる、甘く口当たりの良い優しい感触に思わず笑みをこぼしながら、男がおもむろにグラスを置く。それを聞いたティケーは鼻を鳴らし、自分が予め頼んでいた三杯目のアースクエイクに口を付けた。そんな最低でもアルコール度数が四十度はある黄金色の液体を躊躇無く飲んでいく姿を見て、今度は男が渋面を浮かべて言った。

「お前こそ、よくそんなキツイ酒飲めるよな。胃袋どうなってるんだ?」
「ふん。あんた達人間と違って、魔物娘の体は頑丈に出来てるのよ」

 あんた達と違ってね。と、その部分をわざわざ二回、しかも強調するように言ってから、ティケーがカクテルグラスの中にある残りの酒を躊躇いなく飲み干していく。ティケー本人はまだまだ余裕のある表情を浮かべていたが、蛇たちは揃って目を細め、疲れた様に項垂れていた。
 その光景を見た男はため息を吐いて首を横に振り、そしてそんな二人の姿を視界に収めていたサキュバスのバーテンダーはクスクス笑って彼らに言った。

「まあまあ、いいじゃないの。人にも魔物娘にも、それぞれ違った飲み方というのがあるんだからさ。私はお酒の好みの違いで、そこまでつっけんどんにならなくても良いと思うけど?」
「それはわかってるわよ。いちいち相手のお酒の飲み方で腹立てるつもりは無いから」
「なら、どうしてそこまで彼に辛く当たるの?」

 バーテンダーの言葉にティケーが口を尖らせて応える。

「こいつが私の夫だからよ。この私と結婚した以上、こいつには私に釣り合うような男になる義務があるの。私より軟弱な男に、私の夫になる資格なんて無いんだからね!」
「あらまあ」
「メデューサは気むずかしい子が多いですからね」

 さも当然のように言ってのけたティケーを見てバーテンダーは小さく驚き、男は何でも無いことのように答えて見せた。そんな男を見て、バーテンダーが彼に視線を合わせ、声を潜めて言った。

「あなたも大変ねえ」
「そんな事無いですよ。ティケーのああいう所が好きだから結婚したんですし。全然辛いとか思った事ありませんよ」
「あら、あなたすっかり彼女にメロメロなのね。これは私が入り込む余地なしかしら?」
「なに他の女に色目使ってるのよ!」

 バーテンダーと男が話し込んでいた所に、ティケーが声を張り上げて割り込んでくる。そして頬杖を突き、蛇共々僅かに赤くした顔で男を睨みつけて言った。

「まったく、油断も隙も無いんだから。あんたは私だけ見てれば良いのよ。わかった!?」
「ああ、悪かったって。ごめんごめん。謝るよ」
「ふん。この浮気者」
「ああもう、まったくこの子はへそ曲がりなんだから……」

 半ば理不尽な理由でありながらも素直に謝罪した男にそっぽを向くことでそれに答えた――この時、蛇の方は申し訳なさそうに頭を垂れていた――ティケーに対し、男は怒る事もせずにただ困ったように苦笑を浮かべた。その姿を見てバーテンダーは「彼ももう慣れてるのね」と言葉に出さずにそう思った。
 そして男はまだカルーアミルクが残っていた自分のグラスをティケーの方に差しだし、それまでと変わらない声で言った。

「じゃあこれ、謝罪の印。これ飲んでみる?」
「はあ?」

 顔を元の位置に戻して男の顔と手元のグラスを交互に見やり、ティケーがまた嫌そうに顔をしかめる。そして以前よりも興味深そうに目を見開いてカクテルをじっと見つめる蛇たちとは対照的に、ティケーがその嫌そうな表情のまま再びそっぽを向いて言った。

「はん。なんで私がそんな、甘ったるいお酒なんか飲まなきゃいけないわけ? 馬鹿じゃないの? そんなのこっちから願い下げよ」

 飲みたい! 飲みたい!
 こちらを向いたまま、そう言いたいかのように頭を激しく上下に揺する蛇達を見て、男とバーテンダーはティケーに気づかれない程度に笑みをこぼした。そしてそれを見た男は自分の分を素直じゃ無い彼女に飲ませてやりたいと思い、さてどうすればいいかと姿勢を崩すこと無く考え
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