爽やかな風の吹く五月初めの、学校からの帰り道。安藤樹は今日も一人で家路へと向かっていた。頭を下げ、黙って道を歩いていた。
「……」
自分の周りには自分と同じ学校に通っている子達が、まばらになって同じ道を歩いていた。そこには同じ学年の子もいたし、自分より年上の子もいた。そして自分より年下の子もいて、彼らないし彼女らは自分の上半身と同じくらいの大きさのランドセルを必死に背負いながら、上級生と一緒に家路へと向かっていた。
「でさー。このまえ私がそう言ったらさー」
「えー、本当なのー?」
「……」
彼らは樹と同じ格好をしていた。同じ学帽、同じ制服、同じランドセル。そんな樹と同じ外見を持った彼らは仲の良い者同士、もしくは先輩後輩同士でグループを作って下校していた。
樹はひとりぼっちだった。周囲が歩道いっぱいに広がって仲良く談笑する一方で、彼は頭を下げて自分の足下とその周囲の地面を真っ直ぐ見つめながら、無言で朝来た道を逆に辿って行っていた。
だが樹はそれを苦とは思っていなかった。耳に入ってくる楽しげな声も気にならなかった。一人になるのは慣れていたからだ。
下校する生徒の集団から離れて、樹は学校から家までの帰り道を真っ直ぐ進んでいたが、そのまま家に帰る気は無かった。今家に帰っても誰もいないからだ。家に帰って夜に寝て、朝に起きても誰もいないからだ。
だから彼は下校時にはいつも、家に帰る前にちょっと寄り道をする事にしていた。一人で行動する彼を咎める者はいなかった。彼は一人だったからだ。
「……あった」
そこは通学路の途中にある、一つの建物だった。正面には樹の身長のほぼ二倍の高さを持った柵のような門があり、門の横には詰め所が建てられていた。門の向こうには半球型のドーム状の建物が一つあり、そのドームは縦横に組まれた細い鉄骨の上から透明なビニールを被せるようにして作られていた。
そのドームは鉄骨がある程度錆びてはいたが全体的には清潔な印象を持っていた。だが詰め所の方は壁の塗装が剥がれてボロボロに朽ち果てており、窓口にあるガラス窓にもヒビが入っていた。
そして門もまた塗装が剥げ落ちて詰め所と同じくらいに朽ち果て、更に柵の部分には植物の蔦が好き放題に絡み付いていた。そんな蔦だらけの門の端っこに、門と同じくらい朽ち果てていた木製の看板が貼り付けられていた。
そこにはデフォルメされた狸のイラストと共に『おさかべ植物園』と書かれていた。
植物園。それは彼にとっては楽園のような響きを持っていた。
「……ごめんくださーい」
樹がその門の前で立ち止まり、そして門の横にある詰め所に近づいてその中へヒビ割れた窓ガラス越しに大きな声で呼びかけた。するとそれまで全く人気の無かったその詰め所の下の方から、不意に一人の女性がひょいとガラス窓越しに姿を現した。
「おお、花好きの坊ちゃん。今日も来たのかい?」
それは頭の上に大きな葉っぱを乗せ、肩に『おさかべ』と書かれたバッジをつけた、ほんわかとした雰囲気を持つ女性だった。外見こそ人間と大差ないが、その葉っぱと言い金色に輝く両目と言い、彼女は普通の人間とはどこか違う異様な特徴や雰囲気を纏っていた。
「今日も遊びに来たのかい? いつも通り?」
「うん。おさかべさん、門あけてくれませんか?」
「ああ、うんうん。わかったよ。ちょっと待っておくれ」
おさかべさんと呼ばれた女性はまるで孫に語りかけるかのように柔らかな口調で樹に答え、手元にあるスイッチ――窓の下にあったので樹の方からは見えなかった――に指をかけた。その直後、金属同士の擦れる甲高い音を響かせながら門が左右に割り開かれていく。
「じゃあ、樹ちゃん。あの子によろしくねえ」
「うん。じゃあおさかべさん、またね!」
下校時には見せなかった朗らかな笑みをおさかべさんに向け、樹が門の向こうへと走り去っていく。おさかべさんはその後ろ姿を見ながら、「若いっていいねえ」とご馳走を前にしたかのように、音を立てて舌なめずりをした。
樹は真っ直ぐに件のドームへと駆け寄っていった。ドームは近づくほどに巨大な物として樹の前にたちはだかったが、樹は気後れする事無く目の前にあるプラスチック製の枠の中にビニールを張ったドアを開けてドームの中へ入っていった。
ドームの中はまさに植物の宝庫――花好きの樹にとっては正に楽園であった。
中に人間が通るような通路は全く存在せず、樹の膝ほどの高さを持った雑草が隙間無く辺り一面に生い茂っていた。更にその雑草の中に紛れて大小様々な花や木々が至る所に無造作に生えていた。黄色い花や赤い花、紫の花に青い花。縦では無く横に広がった木やドームのてっぺんまで届かんとしている程の高さを具えた大木など、バラエティ豊
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