一途な恋に生きる女と言うのは、えてして怖い物知らずである。自分の愛する相手の事を何よりも優先して考え、自分やそれ以外の物は全て棚の上に置いて全く注意を向けなくなる。周囲の視線や自身の羞恥さえも無視して、ただひたすらに己の愛情をその相手に注ぐのである。
「ふう……」
そして今、こうしてレスカティエ城内に設えられた大浴場にて一人湯船に浸かり、汗を流していた魔物娘――フランツィスカ・ミステル・レスカティエもその一人であった。
彼女の頭の中は朝起きてから夜寝るまで――それこそ二十四時間三百六十五日、常に愛する夫の事でいっぱいだった。夫の事を考えない事など一度も無く、彼女の思考は夫である一人の青年の事を第一にして回っていたのだった。
もちろん、彼女は自分の属しているハーレムの他の魔物娘達の事も大切に思っていたし、彼女達を邪険に扱ったりはしなかった。だがそれでも、フランツィスカの世界の中心にいるのはその青年であり、それに比べれば――同じ男を愛する妻達には非常に申し訳ないのだが――自分やその他の面々はどうしても二の次となってしまっていた。もっとも、その考えは伴侶を持つ魔物娘としては当然の思考であり、負い目を感じる必要は無かったのだが。
「……」
どうすれば彼をより喜ばせられるのだろう? どうすれば彼をより気持ちよくさせてあげられるのだろう? フランツィスカは一日の大半をそれを考える事に費やし、そしてこうして湯船に浸かっている間も、彼女はその思考を止めようとはしなかった。この時彼女はとても難しい表情を浮かべていたが、彼女にとってそれを考える事は別に苦痛では無かった。寧ろそれは新たな快楽のあり方を模索し提供する事を可能とする、とても有意義な事であった。
「ううん……とは言いましても……」
しかし、どれだけ頭を捻っても出ない時は出ない物である。両手を湯船の中から出して顔を拭うが、何の閃きも浮かばない。背中から触手を何本も現出させ、同じように湯船から顔を出させても、何も思いつかない。
「アイデアを練るというのは、とても難しいものなのですわね……リャナンシー達が羨ましいですわ」
顔を出した触手の一本を手に取り、それに愛しげに頬ずりしながらフランツィスカが呟く。クイーンローパーとしての自らの魔力とテクニックを持ってすれば、夫である青年を悦ばせる事自体はさして難しい事では無い。だが彼女は、それに安心しきってそこにあぐらをかくつもりは毛頭無かった。より夫を愛し、より夫に愛され、共に愛のより深みへと堕ちていく――魔物娘の妻としての彼女の矜持が、停滞という安易な考えを許さなかったのだ。
より素晴らしい快楽を。より素晴らしい幸せを。互いの愛を互いの身と心に刻みつける。より深みに沈み、貪りあうような愛を――。
「――沈む?」
その時、フランツィスカの脳に電流が走る。
「そうですわっ!」
思わず立ち上がり、発見の喜びのままに声を張り上げる。背中の触手を生やしたまま、そして前を隠そうともせずに、彼女は直立のままでその頭の中で閃いた考えを一心不乱に形にしていく。パズルのピースがどんどんと組み合わさっていき、その全体像が段々と精細になって行く計画を俯瞰するフランツィスカの喜びと自信を更に加速させていく。
「これはいい。これは良い考えですわ。これならば、あの人を悦ばせる事も出来るはず……!」
やがて頭の中で完成したプランを前に握り拳を作り、自信満々に言い放つ。その顔は歓喜と興奮で激しく紅潮しており、かつての病弱な王女の姿はそこには微塵も存在していなかった。
「さて、そうと決まれば早速行動開始ですわ。まずはあの人に手紙を書いて……」
まるで悪戯を考えついた子供の様にウキウキした様子でそんな事を言いながら、フランツィスカは軽い足取りで湯船から上がり、そして背中から生やした触手を全身に絡み付けて大事な部分を隠しながら浴場を後にした。
件の青年に一通の手紙が届くのは、それから数十分後のことだった。
「確か、ここだったか……」
そして数十分後、『浴場にて待っています』とだけ書かれたフランツィスカからの手紙を受け取った青年は、その手紙の要求の通りに浴場へと向かっていた。そこは先ほどまでフランツィスカが使っていた場所であった。
「フランから誘ってくるなんて珍しいな。ちょっとドキドキしてきた」
ここで自分の妻は何をしてくれるのだろうか? 未知のイベントを前にして期待と興奮に胸を高鳴らせながら――魔物娘の妻のする事を嫌がる夫など居ない――青年が脱衣所で服を脱いで全裸になる。そしてゆっくりと風呂場に繋がる戸を開けてその中を目の当たりにした時、青年は思わずその身を硬直させた。
「あら――お待ちしておりましたわ♪」
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