「……ッ」
四方を苔むした石畳によって形作られた、薄暗い室内にて。
そのダンピールは身ぐるみを全て剥がされ、生まれたままの状態で両手に枷を嵌められ、ギリギリ足裏が地面につく程度の高さで天井から吊り上げられていた。
更にその手枷は、嵌めた者の魔力を吸収してしまう性質も備えていた。おまけにこれは教団が使うようなチャチな物ではなく、ドワーフが丹精込めて作り上げた一品だ。魔力によらない彼女自身の力では到底破れない代物であった。
これによって今のダンピールは、ただの無力な女となっていたのである。
「ぬかったか……ッ」
こうなってしまった原因――数時間前に自ら犯してしまった失態を思い出し、悔しそうに歯ぎしりする。敵の外出パターンや活動時刻などの情報収集もぬかりなく行ったし、この日に実行する作戦も、それらの情報を元に三日三晩寝ずに考えた渾身の物だった。あの傲岸不遜なヴァンパイアを打ち倒すために、自分が出来る事は全てやった。
だが、実際はこのザマだ。
「私の計画に抜かりは無かった。全て上手く行っていた。なのになぜ、奴にこうも出し抜かれてしまったのだ……!」
「そんなに知りたいのなら、教えてあげましょうか?」
そう苦々しげに自問自答していたダンピールに対し、不意に嘲りの色が含まれた言葉が投げかけられる。意識を現実に引き戻し、その声のした方へ顔を向けると、そこには腕を組んで堂々と彼女の前に立つ一人のヴァンパイアがいた。彼女の後ろにあった鉄格子――この部屋と外の通路を繋ぐ唯一の出入り口は硬く閉められたままだった。
「ハァイ、麗しのお姫様。仇敵相手に完敗を喫した気分はどんなものかしら?」
その立ち姿、その優越感と嘲笑に満ちた顔を見て、囚われのダンピールはその表情を怒りに震え上がらせた。
「お前、アティス……ッ!」
「フフフッ、さしものダンピールも、こうなってしまえばただの女ね」
「黙れッ! 男性を蹂躙し、己のいいように弄ぶ外道めッ! お前達の歪んだ価値観のせいで、どれだけの男性が苦しめられたと思っている!」
枷と繋がった鎖を揺らし、ダンピールが目の前に立つ宿敵を睨みつける。一方でアティスと呼ばれたヴァンパイアは余裕の姿勢を崩す事無く、胸を僅かに反らし見下ろすようにダンピールを見据えながら言った。
「はいはい、ご高説ご苦労様。でもね、男に尽くすだけが、男にとっての幸せとは限らないのよ?」
「なにを、馬鹿な――」
「言い切れるのかしら? 高々十数年しか生きていない上に、ロクに男も知らない処女のあなたが? それに女から命令されて、虐められて、それで幸せを感じる男だって大勢居るのよ? あなたは、そんな彼らの価値観をも否定するというの?」
「くっ――!」
ダンピールが苦虫を噛み潰したような顔で目をそらし、アティスが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。そしてアティスは薄ら笑いを見せながらダンピールへと近づき、ダンピールの形の整った顎を指で押し上げ、互いに目線を重ね合わせながら言った。
「私より年季で劣るあなたが、私に価値観の違いを説くだなんて百年早いわ。それに私を打ち倒そうとして逆にこちらの策に嵌められたんじゃ、もう説教する以前の問題よねえ?」
「くそっ、こちらの考えが見透かされていたなんて……! 私が調べた時は、あの時間帯、あの寝室には――」
「彼はいないはずだったのに、かしら?」
「――ッ!」
アティスに先を言われ、ダンピールが鼻白む。だがそれに対して何か言い返そうとした直後、彼女はこの場所に自分達以外の何者かの気配があるのを感じた。
「え――?」
「あら、気づいたようね」
アティスの言葉には耳を貸さず、その気配のする場所――目の前のヴァンパイアの真横に目を向ける。
直後、ダンピールは自分の顔から血の気が引くのをはっきりと知覚した。
「う、ううん……」
「そんな、どうしてここに……!」
アティスの言っていた彼――一人の青年が、寝ぼけ眼を擦りながら立っていたのだ。
その青の寝間着に包まれた体つきは細かったが決して華奢では無く、それによって太くならない程度に筋肉のついたスマートな体つきをしていた。そしてその瞳は赤々と燃えるように暗く輝き、彼がもはや人間では無くなっていた事を如実に表していた。
そしてその姿を見た途端、ダンピールはそれまで青ざめていた顔を一気に茹で蛸のように赤くしていった。心臓の鼓動が爆発寸前にまで高まっていくのが嫌と言うほどに判る。
「私がここまで呼んであげたのよ。あなたのためにね」
「ど、どういう事だ!」
青年を意識して視界から外し、彼に意識が向かないよう努めてアティスを睨みつける。
その視線を何とも思わずに微笑したあと、アティスがそのダンピールの問いに答えた。
「だってあなた、私
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