「恋桜」

暗く濁る空の下。私は今日も、君を待つ。
冷え込んだ空の下で、永遠とも言える時の中で。
粉雪の舞う丘で、君と出会う為に、待つ。ただただ、待ち続ける。
思えば、無駄な事なのかも知れない。
幾ら待とうとも、現れるはずのない君を待ち焦がれながら。
もう居るはずのない君の、あの笑顔を思い浮かべて。
暖かくて、大きな背中。
ただただ優しい、大きな手を。
そんな幸せだった時間を思い出して、君を待つ。
君との思い出の育つ、この丘で。
名前も顔も匂いも優しさも。
全部が朧気に霞んで記憶から消えていきそうになるけれど。
でも、忘れてはいない。
だから、待つ。例え会えないと気付いていたとしても。
愛しい君を。愛した君を。愛してくれた、君だけを。
いつまでも待ち続ける。
伝えたい事が、沢山あるから。
やってみたい事が、沢山あるから。
君と、寄り添いたいから。
愛して、欲しいから。
だから、君と初めて出会ったこの丘で、君を待っている。







「君も、一人なのか?」
霞んだ記憶の中、君の顔が頭を過ぎる。
嗚呼、どんな顔をしていたのだろうか? 思い出せないけれど、君の言葉、声だけは覚えている。
暖かい日差しの中、君が私にかけた言葉は、こんな言葉だったね。
確か、その言葉に返した私の言葉は。
「黙れ。私は寝ていたいのだ」
トゲのある声で、威圧を込めて言ったのに。
「…無愛想だな、お前」
怯えもせず、逃げもせず、かといって、笑いもせずに一言だけが返ってきた。
そんな君の声が被さる。私の、記憶と。
呆れたような声だったけれど、微かに温もりを感じたから。
敵意が、感じられないから。
とても、安心したような記憶がある。
それが君と出会った初めての日。
正直、私は寝ていただけだけど、楽しかった。
次の日。
「ま〜た寝てんのか?」
「私が寝てようが貴様には関係ないだろうが」
君は来た。何故来るのだろうか? 疑問に思っていた。
その次の日は、何故か弁当を持参して来た。
「んー、握り飯食う? 梅干し入ってっけど」
「気安く話かけるな。……因みに、鮭しか認めんから、私は」
また次の日。
「晴天快調だなー、今日は。お前もそう思わない?」
「知らん。早く帰れ」
もっと話したい。けれど、嫌われるのが怖くて突き放してしまう。
突き放した方が、嫌われる事は分かっているのに。
次の日は、雨だった。流石に来ないと思っていたけれど、君は来た。
「ほれ、傘。濡れてんぞ?」
「知らん。それに、私は妖だ。濡れたところで……、くちゅんっ……」
手渡された傘と、君を交互に見る。
「くしゃみしてる奴が言うなって。ほら」
……この傘を受け取れば、君が濡れてしまうではないか。
「…こんな物は必要ない。早く帰れ」
心とは裏腹に、ついキツく当たってしまった。
だけれど、毎日、毎月、途切れる事なく、君は来た。
最初は煩わしかったのかも知れない。[ヒト]が、怖かったのかも知れない。
五月蝿いな、と思いながらも、嫌われたくないと、思っていた。
親を失い、幼い頃から独りだった私の孤独感が、君を拒んでいたのかも知れない
だけれど、いつ頃からだろうか
孤独なんかよりも、君がいる事が私の世界に変わっていて。
「…ほれ、鮭握り。好きなんだろ、アンタ」、
手渡されたおにぎりは型崩れがひどかった。それが無性に面白く感じたりもした。
「ん、好きだ。…好きなんだが、なんなのだこの形はっ まるで奇怪だぞ」
「いや、俵みたいだろ? 自信作なんだよ」
君の自信作はとても可笑しな形なのだな。…とは、言わないでおく。
「…塩辛いな」
「そうか? 普通だろ?」
そんな他愛もない会話。
ああ、でも、悪くはない。
こんなにも毎日が楽しいなんて。こんなにも、暖かいなんて。
君がいる日常が、好きだった。







それから、数ヶ月が経った。季節は2つ程過ぎていった。
若葉は緑葉となり、今は紅葉となっている。
まだ僅かに陽が暖かいが、もう充分肌寒い。
地面を覆い尽くす草が少なくなって、辺りの山々も赤が増えたてきていた。
綺麗な景色と、優しい君がいて。…少し寒いから。それを理由に、君の手を握る。
「お前は、暖かいな」
言いながら、感じていた。自らの想いに。高鳴る鼓動を。
「そりゃどうも」
味気ない返事にムッとなるが、我慢しよう。
この微かな幸せだけで、私は満足出来るのだから。
瞳を閉じて、考えた。
過ぎていった時。
自らの生を削って、失っていく命という時間。
大切な時間を削って得た、幸せ。
過ぎた時間のかわりに気付いた、大きな気持ち。
高鳴る鼓動が告げてくれた感情は、恋心。
君が愛おしい。君が欲しい。君に好かれたい。
…君と、繋がりたい。
君に対する感情が溢れていた。
でも、いざ伝えようとすると口が開かない。
なんてまどろっこしいのだろうか。

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