…今日は、晴天だ。
分厚く空を覆う雲からは、雷鳴。
降り止まない、雨。
それは一般的に悪天候と言われるのかもしれないけれど。
だけれど今日は、晴天だ。
理由は至極当然で、この村に住んでいる人間なら誰だって知っている話だ。
“地竜”。
名前は有名で、だけれど姿を見た者はあまり居ない。
その理由は、色んな説がある。
まず、地竜はその名の通り…翼のない、蛇のような竜。
災害のように岩山をも砕き、尚、止まることのない竜。
そんな地竜は、見たもの全てを薙払うと言われていて。
現に昔、地竜に遭遇したまま、帰らぬ人となった村人も居たらしい。
…かれこれ、数十年前の話らしいのだけれど。
だけれど村人は…僕も含めて、そんな地竜が怖かった。
見たこともなく、いつ遭遇するやも分からないような、魔物。
だからこそ恐れられ、災害とも言われるようになった。
だけれど地竜は、実はとある特定の日には、姿を現さないと僕の村には伝わっている。
…雨。
今日のような、土砂降りの雨が降る日には、決まって姿を現さないのだと言う。
それ故に、晴天。
…嗚呼、だけれど。
どうやら、その考えも改めなくてはいけないのかも知れない。
「……う、そ……だろ…?」
不意に口からもれた声は、小さくも、驚愕に震えている。
まるで、自分の声に聞こえない僕の声は、虚空に溶けて…消えた。
辺りには、耳にまとわりつくような雨音が響き渡り、髪を、頬を、服を、濡らす。
足は、震えて動かない。
瞳は、目の前にいるソレを見つめたまま、瞬きすら…出来やしない。
大地には、ソレが進んだ跡があり、まるでそこが…濁流のような川になっていた。
目に映るソレは、僕の方へと手を伸ばし…。
時間が、止まったように…意識が、朦朧とする。
地竜なんて、見たことはない。
ないけれど、解る。これは、地竜だ…、と。
伸ばされた手は、人のそれではない。
灰黒色の、まるで、爬虫類を連想させる…鱗の、手甲。
その手には鋭利そうでいて、太く、頑丈な爪が備わっていた。
…僕は、どうなってしまうのだろう。
今あるのは、恐怖だけ。
その腕は、手は、指は…何故僕に伸ばされているのだろうか。
まるで、他人事のように考え…頭が、朦朧とする。
真っ白に、なっていく。
そこで時間は再開した。
耳に届く、雑音ともとれる雨の音。
伸ばされた手に、僕は悲鳴を上げようとするが、声が、出ない……!
目を、見開く。
口が、声を上げる事はないまま、何かを叫ぶ。
膝が、震えて。
見開かれた瞳が、ソレを…見据える。
長く、しなやかなその髪を。
切れ長の、まるで人には思えないような、見惚れそうになる琥珀色の瞳を。
そして、僕の体にその腕が触れる。
堅く大きなその腕に抱き寄せられ…、そして…。
「……♪」
地竜は、笑顔を向ける。
僕に、まるで花が咲いたかのようなそれを。
その笑顔の裏には、一体どんな感情があるのだろうか。
まるで、他人事のように“僕はどうなるのか”と考えて、そして…。
また、怖くなる。
もしかして自分は、この魔物に食べられてしまうのではないだろうか、と。
だけれどその恐怖のもう一方で。
その花が咲いたかのような笑顔に、僕に向けられた何か別の意思があるのではと…思わせて来る。
恐怖は、薄れてきていた。
だけれどやはり、その得体の知れない恐怖は、消える事はなく。
気が付けば、眼前に迫る地竜の身体。
まるで人間の女性のような身体に、僕の頬が押し付けられる。
そこで、思い出した事がある。
昔、村に来た反魔物派の騎士が、言っていた。
“魔物は皆女性の型をとっては居るが、あれは戦える男を惑わし墜とし、喰らうためであり”。
そして。
“惑わされるな。奴らには、我らのような温もりはない”、と。
僕は、そう教えられていた。
非道で、残虐で、非情で無情。
愛のない穢らわしいモノには、体温すら、ないと。
そう、教わっていた。
…だけれど。
今現在、降り止まない土砂降りの雨は冷たく地竜を濡らし…。
だけれどその冷たさに負けないくらい、その身体は温かくて…。
(…やわら、か…い…)
女性にあたるところ、胸に押し付けられた僕の頭が…顔が、瞳がまた盗み見た地竜の顔は…。
艶のある笑みのまま、小さく舌なめずりしていて…。
ぎゅっと、抱きしめられる。
やっぱり、温かくて。
緊張状態から解かれたような安心感に、全身の力が抜けていく。
(……ぁ………)
そして、思いの外簡単に、あっさりと。
意識は、暗転した。
温もりに…抱かれながら。
※※※※※※※※
…ぴちゃ…れろ……ん、ふぅ…
朦朧とする意識の中で感じるむず痒さ…それと、何かの音に目を覚ます。
(……なん、だ…?)
と、頭の中で考えても答えは出てこない。
うっすらと瞼をあけ、様子を伺うが…だが、目に映るのは土の壁だけ
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