薄暗い空の下で『貴方』は思いました。
どうしてこんな場所に来ているんだ、と。
貴方はこの場所を知りませんし、どうして来ているのかも分かりません。
ただ、目の前には大きな館があります。
その館の大きさに驚いていると…、ぽつり、ぽつりと雨が降り始めました。
貴方は思います。
ああ、濡れるのは嫌だし…少し、雨宿りさせて貰おうか。
少し小走りに、館の下へ避難します。
すると、ギィィ…と音がして、大きな扉が開きました。
「…おきゃくさま…どうぞ、お入りくださいませ…」
中からは、小さな少女。
貴方はその少女に礼を述べてから、館にお邪魔する事にしました。
不思議な事に、館に入る事自体に…何の違和感もありません。
貴方は、少女と共に長い廊下を歩きます。
すると、少女が貴方に問い掛けました。
「…おきゃくさま…宜しければ、おなまえをおききしたいのですが…」
その問い掛けに、貴方は答えます。
『 』
自分の名前を教えると、少女はほんのりと頬を赤らめて言いました。
「…『 』様、ですね。とっても良いおなまえです…」
それからは、暫く会話もなく…ただ、廊下を進むだけでした。
長い長い廊下を進む事、数分。
少女が一つの扉の前で立ち止まり、貴方を呼びます。
「…『 』様、こちらのお部屋へ…どうぞ、お入りくださいませ…」
貴方は、言われるがままに…その部屋へと入ります。
ですが、そこから先には少女は来ないようです。
少女は少し寂しそうに呟いてから、扉を閉めました。
「…『 』様…どうぞ、お楽しみくださいませ…」
閉まった扉の前で立ち尽くしていると、部屋の奥から良い香りが…。
恐らくは、何かの料理の匂いです。
貴方はふと思います。
そういえば、御飯を食べていなかった。
お腹がぺこぺこな貴方は、まるで誘われるように歩を進めます。
通路を抜け、良い匂いの漂う部屋へ入ると…そこには。
「…初めまして、お客様。私はツクモと申しますので、お気軽にお呼びくださいまし」
ピコピコと動く耳と、一本のふさふさした尾の生えた少女が居ました。
髪の長さがまばらで、片方の瞳が隠れた狐耳の少女の名前は『ツクモ』と言うらしいです。
身体は、貴方を上目遣いに見上げる事が出来る程度の大きさでした。
貴方は、その少女の容姿や仕草に思わず見とれてしまいました。
お腹がぺこぺこな事も忘れて、じぃっと見つめてしまいます。
すると、ぐぅぅ、と、貴方のお腹が鳴きました。
くすくす。少女…ツクモが、小さく笑います。
「御飯の用意は出来ておりますよ、お客様?」
途端に恥ずかしくなって、貴方はぶっきらぼう…或いは雑にツクモに礼を述べます。
『 』
では、此方へ。
そう言って、ツクモが自身の隣に敷いた座布団をぽんぽんと叩きました。
貴方はその座布団に座ります。
すると、目の前に置かれた御盆の上に乗る、色とりどりの料理に目を奪われました。
茶碗に盛られた白米や、茄子や胡瓜のお漬け物。
それに、魚のお刺身や赤出汁などなど…どれも美味しそうな匂いがしています。
頂きます。手を合わせて告げてから、貴方は箸を取り…料理を啄みます。
先ずは、お漬け物を白米と一緒に食べました。
少ししょっぱい塩気が、白米に合ってとても美味しく感じます。
こんなに箸が進むのは久しぶりだ、と、貴方は思いました。
「…あの、お客様…? お口に、合われますでしょうか…?」
赤出汁を啜ろうとした時に、ツクモに問われました。
黄金色の耳は、下を向いていて、尻尾も不安げに揺れています。
そんなツクモを見て、可愛いなぁなんて思いながら貴方は、少し意地悪がしたくなりました。
『 』
貴方は、本当の事とは違う…嘘を、ツクモに告げます。
するとツクモの耳は益々倒れ、尻尾はだらーんと力を失います。
顔は、俯いてしまって見る事が出来ませんでしたが。
「…そう、でしたか…。ごめんなさい、私ではまだまだでしたね…」
きゅーん。そんな切ない声を上げて謝られたので、貴方は本当の事をツクモに伝えます。
『 』
途端に、花が咲いたような笑顔を貴方に向け、ぴょんと跳ねるツクモ。
貴方は正座のまま、どうしたらあそこまで跳べるのか、とか。
たゆん、と弾む胸に気をとられてしまい、ツクモが怒り始めた事に気付くまで、少し時間を使ってしまいました。
「…もー! お客様、嘘はいけません! 嘘吐きは泥棒の始まりです!」
ですがよくよく考えてみると、怒っている…とは、貴方は思えません。
何故ならそれは、萎れていた耳がピンと立ち、尻尾はふりふりと、上下に揺れていたからです。
やっぱり誉められるのは嬉しいんだな、
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