「……ハア……何やってんだろ…俺……」
「すごいすごい!これが電車なのね
#8252;
#65038;景色がビュンビュン飛んでくみたい!…これが電気で動いてるの?電気って、明かりをつけるためのものじゃなかったのね!」
ボックス席の窓際に座り、ジャンは力無くうなだれて自分の選択を激しく後悔していた。そんなジャンの様子などお構いなしで、窓に張り付いて先ほどからはしゃぎっ放しのエリーザ。そのはしゃぎ振りが、さらにジャンの気分を重く沈ませていた。
2人は現在、美術館の街から南部の有名な港町へ向かう特急列車のボックス席に座っている。最終列車ということもあり、同じ車両には彼らの他に乗客の姿はなかった。
ジャンの計画はこうだった。出国時のチェックが厳しい空港を利用することはリスクが高いため、飛行機での移動はできない。そのため電車でまず南部へ出て、そこから海沿いに東へ向かって国外へ脱出する。
しかし計画は立ったものの、前途はあまりに多難だった。世界的に有名な美術品を「盗み出す」という前代未聞の大事件を起こしてしまった以上、警察による徹底的な捜査が行われることは必至。国外へ出たところで国際指名手配になる可能性は十分にあり、とても安全とはいえない。
それに加えて、エリーザが「夜しか動けない」というのが本当だとすれば、かなり行動が制限されることになる。なにせ今は夏。夜の時間はあまりに短い。交通機関の運行時間を考えれば、さらに移動が制限される。日が沈む夜9時半以降となると、長距離の夜行列車などほとんどないのだ。
極めつけはエリーザのこの世間知らず。放っておけば何をしでかすか分からず、始終見張っていなければならないことを思うと、ジャンは頭が痛くなるのだった。
「…こんなことなら通報されてた方がまだマシだったかもなぁ……」
ため息と共に呟くジャン。
あの場で通報されても罪状はさして重要でもない一枚の絵画の窃盗未遂。対して今の自分は……人類の宝を盗み出した歴史的大犯罪者だった。逮捕されればどうなるか、想像するも恐ろしい。
あの時は完全に正常な判断力を失っていた。冷静に考えればこの選択、どう見てもデメリットの方が大きすぎるというのに……
「…向こうに見える灯りは何?あれが街なのかしら?あんな四角い建物初めて見るわ!……あっ!ねぇ見て見て!あれが本物の教会……あぁんもう!すぐ見えなくなっちゃう!ちょっと速すぎよこれ!」
エリーザは相変わらず窓の外を眺めては騒いでいる。ほぼ真っ暗で何も見えないのによくやるものだと思う。
美術館を抜け出した時から彼女はこの調子だった。見るもの全てが珍しいようで、いちいち目を輝かせては感動している。正直、あまりの純真さに羨ましくなるほどだった。
(…まあ、本当に純真ならあんな強迫してくる訳ねぇけどな……)
心の中でぼやきながらジャンは携帯を取り出し、ネットを開いた。調べたいことがあったのだ。
「ナクソスのヴィーナス」で検索をかけると、すぐに膨大な情報がヒットした。さすがの知名度である。
所蔵場所、大きさ、来歴などの情報をなぞっていく。
「発掘場所は……っと、あったあった」
古代ギリシャ時代の彫刻ならば、美術館かあるいは貴族の邸宅などに収集される以前に地中海沿岸のどこかで発掘され、そこから西ヨーロッパに運ばれてきたと考えるのが普通だ。調べてみれば予想通り、「彼女」は今から200年ほど前にエーゲ海のとある島で発掘され、それを大金で買い取った当時の大貴族が自国に持ち帰った。貴族は80年前に像を美術館に寄贈し、それから今に至る、という。
画像検索で彼女が発掘された島の写真を何枚か眺めてみる。コバルトブルーの海に乳白色の壁を持つ家々、そして遺跡。どちらかというと島のリゾートエリアの写真が多かったが、その風景は美術館で見せられたあの絵と概ね一致しているようだった。
(…とすると、ここが旅の目的地って訳か……)
何日かかるかは分からない。最初に立てた予測より長くなることは確かだった。正直、無事に辿り着けるかどうかも怪しい。それでも、
(まあ……1人で逃げたってどうせ追われるんだしな…)
今はエリーザと共にそこに向かうしかなかった。
ジャンには他にできることもないのだから。
ふと気がつくと、エリーザが景色を眺めるのをやめてこちらをじっと見つめていた。
「さっきから何してるの?」
エリーザの視線の先には、ジャンが持つ携帯電話があった。グリーンの大きな瞳が不思議そうにジャンの手の中の機械を見つめる。
「ん?あぁ、これはだな、人間が使うスマートフォ…」
「それくらいは知ってるわよ。美術館に来るお客さんがみんな持ってたもの!」
エリーザは得意げに言った。
「え、知ってたのか?」
「あら、私がそんな世間知らずだ
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