V Electrocution

 ニコラスが屋敷に通い始めて、はや2ヶ月が経とうとしていた。空が晴れ渡る秋も終わりに近づき、ミルキーピークの町には感謝祭の季節が到来していた。通りに面した軒先には七面鳥やカボチャが並べ立てられ、道行く人々は浮かれ騒ぎながら町の広場へと歩いてゆく。
 彼らの向かう先、町の外れに位置する広場には、色とりどりの布でけばけばしく飾られた仮設の野外劇場が建てられていた。サーカスの興業や町の音楽団の演奏をはじめとした様々な催し物が行われ、牧場と教会しかないこの田舎町にやってくる年に一度の楽しみを享受しようと、町の人々が連日詰めかける場所であった。

 しかし、その日の午後に限っては、他の催し物とは比べものにならない数の人々で客席は埋め尽くされていた。この小さな町の人口よりも明らかに巨大な群衆の中には、町の外からの見物人も多数含まれている様子で、観客の誰もが次に始まる出し物を今か今かと待ち構えていた。
 ニコラスは、そんな群衆の中にあって誰よりも早くこの野外劇場に到着し、最前列の席に陣取って舞台上を注視していた。客席の最前列には彼の他にも、新聞記者らしき男たちが手帳とペンを片手に盛んに言葉を交わしている。ニコラスが、記者たちが、そして群衆が待ちわびているもの。それは間もなく行われる予定の、「ミルキーピークの魔術師」による発明品の公開実験であった。

「今のお父様の、唯一の収入源ですわ」
 数日前、メアリはそう言って苦笑した。
「人前に出るのはお嫌いな方なのですけれど……冬を越すにはどうしてもまとまったお金が必要ですから。暮らしていくためには仕方がないのだと、ぼやいておりましたわ」
 本人は嫌々執り行っているというこの舞台だったが、ニコラスをはじめ会場に集まっている群衆はみな、これから行われるエリオットの実験に最大級の関心を注いでいた。なにしろ、変人偏屈で有名なあのトーマス・エリオットが、人前に姿を現す年に一度の機会である。新聞記者たちはペンを握りしめ、大発明家の発する言葉を一言も聞き漏らすまいと待ち構えていた。
 博士の登場をじっと客席に座って待つニコラスもまた、抑えきれない期待感で密かに胸を膨らませていた。この2ヶ月間、まともにエリオットと会話する機会をとうとう得られなかったニコラスにとって、彼の実験を直接目にするのはこれが初めてであった。全神経を集中して実験の過程を目に焼き付けるため、彼は紙もペンも手にしていなかった。

 人々の興奮が収まらぬ中、シルクハットを被った小太りの紳士が舞台上に姿を現した。ニコラスも顔を見たことのある、ミルキーピークの町長だった。町長は恭しく一礼すると、声を張り上げて前口上を述べ始める。
「紳士淑女の皆々様、本日は我がミルキーピークの誇る世紀の大発明家、トーマス・エリオット博士の公開実験にお集まりいただき、誠に感謝いたします……我らが開拓の父祖がこの地へ入植して以来、この町がこれほどの賑わいを見せたことはなく……そもそもの始まりは……」
 しかし町長の長話などに、誰も耳を傾ける者はいなかった。ざわめきは止まず、客席から早く始めろという野次を飛ばす者さえいた。町長は額の汗を拭うと、仕方なしに舞台袖に手で合図を送る。
 合図のあった方向に目を向けた時、観客の誰もが息を呑んだ。なんとそこには、既にエリオット本人が立って待機していたのである。町長が指し示すまで、誰も彼の存在に気が付いていなかった。それほどまでに、エリオットの発する存在感は希薄だった。
 ニコラスもまた、そのことに対し驚きを隠せないでいた。彼がエリオットの姿を間近で目にするのはほぼ2ヶ月ぶりのことだったが、たったそれだけの間に博士はまるで別人のようにやつれきっていた。この世の人間全てを疑うような鋭い目つきはそのままだったが、豊かだった白髪は大部分が禿げ上がり、頬はこけ、やせ細った身体は以前よりも小さく縮こまって見えた。ふと、ニコラスはメアリのことを思い出して辺りを見回す。しかし、客席は数百人の群衆の顔で埋め尽くされており、彼女がこの場にいるかどうか探し当てるのは困難だった。

「……えー、本日は、『光力』に関する装置の公開実験といたしまして……発表いたしました……新開発の装置の……」
 ボソボソとした声でエリオットが挨拶を始めると、ざわついていた観客が一斉に静まり返る。博士の声があまりにも小さく、注意しなければ聞き逃してしまうほどだったからである。
 二言三言ですぐに挨拶を打ち切ったエリオットは、舞台袖に向けて手招きする。それに応えて3人の屈強な男たちが舞台上に運んできたのは、台車の上に載った巨大な鉄製の装置だった。婦人用のクローゼットほどの大きさのその装置は、側面にいくつものレバーを持ち、その下から伸びた素材の分からない黒い紐が蔦のように地面を這って
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