胃袋を身体の内部から震わすような、重低音のサウンドがフロア中に鳴り響く。『Black Bear』の店内は、点滅するレーザーとミラーボールの光に照らされ、ディスコミュージックに身を委ねて身体をくねらせる男女で溢れていた。とはいえ、クラブが最も盛り上がる深夜に比べればまだ人の入りは少ない。むしろ平日のこの時間からクラブへ繰り出す人々とはいったいどのような人種なのか、ケイティには疑問だった。
店内へ足を踏み入れたケイティは踊る男女の隙間を縫ってバーカウンターへと近づく。ボディスーツで強調される身体のライン、誘うように揺れる腰の尻尾を見せつけながら、ケイティはゆっくりと歩いた。フロアには人間の女性ばかりで魔物の姿はなく、突如として現れたケイティの存在は否が応にも注目を集めた。しかし大半の人々は、すぐに興味を失って再び自分のパートナーとのダンスに熱中し始める。
ケイティはカウンターに寄りかかり、バーテンダーに上目遣いで声をかける。
「何かカクテルちょうだい。おススメのやつ」
バーテンダーは何も言わずに奥へ引っ込む。(しかしその目が一瞬だけケイティの胸元に吸い寄せられたのを、彼女は見逃さなかった。)やがて出されたモヒートを手に取ると、カードで会計を済ませ、ケイティはフロアを見回し始めた。
そこでは、人間の男女が思い思いのやり方で一時の快楽を謳歌していた。腰と腰が触れ合う距離でリズムに乗って踊る男女、その場で熱いキスを交わす2人、奥の方にはあられもない恰好で抱き合うカップルの姿も見えた。
その中にあって、少し異質な雰囲気を纏った集団にケイティは目を留める。ダンスフロアから一段高い場所に設置されたソファに足を組んで座り、クラブ内を見下ろしながら酒を飲み交わす若い男たちだった。白人や黒人、ラテン系も入り混じった集団だったが、皆一様に高価そうな宝飾品をギラギラと身体に光らせていた。
その中の1人、背の高い白人の優男と目が合う。こちらに好奇の視線を向ける男に対し、ケイティは意味ありげなウインクで返す。優男はケイティを横目で見ながら隣の仲間たちと何かを囁き合い、やがて弾けるように笑いながら席を立ち、こちらへ近づいてきた。手に持ったウイスキーのグラスをカウンターに置き、ケイティのすぐ隣に肘をつく。
「お嬢ちゃん、ツレは?」
大音量のディスコミュージックの中で声を届かせるため、男は肩が触れ合う距離まで近づき、耳元で話しかける。ケイティはイエスともノーとも言わず、ただ曖昧に肩をすくめてみせた。
「相手がいないなら俺と、どう?」
男はもう一度、今度はケイティの手を引きながら言った。ケイティはやはり何も言わず、しかしされるがままにフロアへと連れ出された。
中央に躍り出た2人は、たちまち周囲の注目の的となった。優男の身のこなしは中々のもので、学生時代から遊び歩いていたのであろうことを伺わせる華麗なステップを得意気に踏んでみせる。しかし、動きの魅せ方ではケイティの方が上だった。腰から下をまるで別の生き物のように自在にくねらせ、引き締まった尻と尻尾をリズミカルに揺らす。曲に合わせてステップも完璧に決め、ターンする度にしなる尻尾が優男の腰を叩いた。やがて一曲を踊り終えた2人がポーズを決めた時には、あちこちから拍手喝采が巻き起こった。
「ヒュー!やるなあ、君!」
ダンスの輪から外れると、若干息を切らしながら優男が叫び、褒めるついでにケイティの尻を音を立てて叩いた。ケイティは涼しい顔でバーカウンターの席に座り、飲みかけのグラスを掲げる。男は自分のウイスキーグラスで軽く乾杯すると、その隣に腰かけた。
「それで?いったいどうして、君みたいな娘が1人でクラブに遊びに来てるんだ?」
「別に……何となくヒマだったから」
ケイティは曖昧に微笑みながら答える。
「誰か一緒に来る人はいないのか?彼氏とかは?」
「ずいぶんプライベートなこと聞くのね」
「ああごめん、イヤだった?…お詫びに一杯おごるよ」
「…待って…!」
男が手を挙げてバーテンダーを呼ぼうとしたその時、唐突にケイティが男の肩を引き寄せ、耳元に口を近づけて囁くように言った。
「ホントはね…彼とケンカして飛び出してきたの…。今日は泊まる所もお金もなくて……困ってたんだ…」
優男はそれを聞くと、満面の笑みを浮かべてケイティの肩を叩いた。
「なるほどそうか!そういうことなら、ぜひ紹介したい仕事があるんだけど、どうだ?今夜の宿も、俺が面倒みてやるよ」
「ホント!?嬉しい!…お仕事って、どんな?」
「ああそれなんだが…」
男は秘密を打ち明けるように顔を近づけながら、店の奥を親指で差した。
「ここじゃ込み入った話もできないから、奥で…どうだ?」
ケイティは色っぽく笑って頷くと、男に続いて席を立った。ソファで囃
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