第1話 The Empire City 欲望の街 Aパート

衛星画像で眺めたならば、まるで光の心臓だと人は言う。
大洋に注ぐ川の河口、長く突き出た半島の先に無理やり詰め込まれたようにして、世界で最も巨大な都市は無数の光で夜を埋め尽くす。

欲望の都、エンパイア・シティ。
世界中の富と権力が集まるこの街には、数多の人々が夢を抱いてやって来る。人・モノ・金は集結し、誰もがチャンスに手を伸ばす。そして選ばれた者が富を築き、街の歴史にその名を刻む。石油王ゴールディング、鉄鋼王マグレガ―、自動車王バロウズ…。彼ら大富豪は自らの力を誇示するように、そびえ立つ摩天楼を築き上げた。天をも恐れぬ欲望は形を成して塔となり、鋼鉄の塔は寄り集まって、電気とガラスの街を作った。街の誕生から百年余り、人の欲望は形となって、新たな摩天楼は増え続ける。ここは全てが集う街。ビジネスも娯楽もファッションも、世界の中心がこの街にある。
 きらびやかなネオンが光る摩天楼の足元には、けれども見えない闇が蠢いていた。人の欲望を集めるこの街は、濁ったものもまた招き寄せる。ジャンキー、不良、そしてギャング。裏路地にはドラッグが蔓延り、街の地下には銃が出回る。犯罪と汚職が街を蝕む。ここではカネが全てだった。悪徳業者は大手を振り、警察もカネで操られる。虐げられる者たちの声は、摩天楼の住人には届かない。
 ここは光と闇が混じり合う、世界最大の混沌の都。蔓延るモノをネオンで隠し、今夜もエンパイア・シティは眠らない。



 ダウンタウンの一画、港の倉庫が密集するエリア。
 11thストリートから少し外れた滅多に人が通らない裏路地に、若者の一団がたむろしていた。皆一様に派手なストリートファッションに身を包んだ男たちは、一人の成人女性を取り囲む。
「…どいて下さい」
「まぁそう言わないでさ、俺らで良ければ送ってくよ?この辺物騒だし」
 若者は全部で6人。金髪を片側だけ刈上げた背の高い男が、壁に手を突いて女性の行く手を遮っていた。
「お姉さんいくつ?何してるヒト?ちょっとお喋りでもしようよ」
「写真を撮りに来ただけだって言ったでしょう?…急いでるので、お構いなく」
「カメラマンさんかぁ。じゃ俺らも撮ってくれない?お姉さんも一緒にさぁ―」
「…ちょっと、触らないで!」
 首から大事そうに下げた一眼レフを庇うように、女性は一歩後ずさる。しかしすぐ後ろにすかさず別の男が立ち、女性の退路を塞いだ。
「お姉さん、魔物だよね?俺魔物の娘って超好みでさぁ。お姉さんもホント可愛いよねぇ」
「……」
 女性は壁を背にして男たちを睨みつける。その腰には綿のように白い尻尾が付き、頭には大きく特徴的なウサギの耳が不安そうに揺れる。一見して人間ではないと分かる特徴を持つ、獣人型の魔物だった。刈上げ男の目線が足の先から耳の先まで、女性の全身を舐めるように眺め回す。
「ワーラビットってヤツだっけ?いやホント、この尻尾とか最高にキュートだよね。触っていい?」
「―っ、誰が…!」
 反射的に女性の手が腰の後ろに回る。男がニヤリと笑う。
「冗談だって。そんな事よりさ、もっと楽しいコトあるだろ?……おい、一応見張っとけ」
 男が後ろに声を掛けると、取り巻きのうち2人が路地の入口に向かった。なおもニヤニヤ笑いを浮かべながら、男は女性の身体に手を伸ばす。
「そう硬くなんないでよ。気持ちイイ事、好きなんだろ?」
「ふざけないで…やめて…!」
「…あ、おいちょっと待て、コイツ…!」
不意に、横に立っていた別の男が女性の腕を乱暴に掴んだ。捻り上げられたその手には、女性の携帯電話が握られていた。
「くっ…」
「…こいつ、通報しやがったぞ!」
「バカ、落ち着けって」
 刈上げ男が、腕を掴む男を呆れ顔で窘めた。
「どうせ警察なんて来やしねぇよ。来るとしたって20分は先だ。…ほら、いいから抑えてろ」
 女性の両腕をもう一人に押さえつけさせると、刈上げ男は女性の首からカメラを強引にもぎ取った。
「ちょっと、返してよ!それだけは…本当に許さないから!」
「だって邪魔だろコレ?いいからこっち見ろよ」
 カメラを後ろの取り巻きに渡し、男はもう一歩女性に近づく。その手が女性の顎を掴む。
「こっち見ろって…ほら力抜けよ―」
 男が言いかけたその瞬間、女性がその顔に唾を吹きかけた。両手と顔を押さえつけられた中で、精一杯の憎悪を込めた目で女性は男を睨み付ける。男は無言で自分の顔を拭った。一瞬の沈黙の後、
「…大人しくしろ、ッつってんだろがよォ!」
 突然声を荒げた男は女性の胸倉を掴んで壁に叩きつける。そのまま、その手は女性のシャツのボタンに手をかける。
「素直ンなれよ…本当は好きなんだろ?魔物ってのは皆、気持イイのが大好きなんだろ…!」
 女性は必死で抵抗するが、口を押えられて声を上げることもできない。シャツのボタン
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