街の外れにバジリスクの女性が暮らしていた。
彼女の目を見たものは正気を保てなくなり、やがて死に至るともっぱらの噂だったが、彼女は人に迷惑をかけないように普段からずっと目隠しをしており人当たりも良い。
それに知識も豊富で賢いので街一番の物知りとして住民から受け入れられている。
とある青年も彼女を受け入れた中の一人だった。
遠征で目的地までの最短の道を聞いた際に、懇切丁寧に教えてくれた事から好感を持ち、次第に何かあったらまずバジリスクに聞くというように常習化されていった。
そんな風に毎回頼りにされたら嫌がる人もいるだろうが、バジリスクは嬉しそうに青年と話した。
「最近頻繁に来て頂けますね」
「そうですか?ジークさんと話していると楽しいからついつい」
「お世辞が上手いですね。そんな事言っても何も出ませんよ」
言葉は感情的でないが、まんざらでもなかった。
ジークと呼ばれたバジリスクの女性は椅子に座って、膝の上で拳を作っている。
緊張するのか、人と話す時は毎回身構えている。
「あ、もう時間だから帰らないといけません」
「え」
楽しい時間はあっと言う間に過ぎていく。
それを思い知らされたジークはしょんぼりと肩を落とすが、青年もどこか寂しさを感じていた。
ずっと居たい、と思ってもそういうわけにはいかない。
いくら受け入れられたとは言えジークは魔物娘であり、かつては厄災とも言われ恐れられた数少ないバジリスクの一人なのだ。
そんな魔物娘の家から人間が出てこないとなれば、王国騎士団が総出をあげて攻め込んで来ても決しておかしくはない。
「じゃ、じゃあまた……」
「寂しいですけど、またお話してくださいね」
「も、もちろんです!」
名残惜しい会話を終え、青年は扉を開き、ジークの家を後にする。
一人残されたジークは迫る寂しさに耐え切れなかった。
ずっと一人だった頃は慣れたものだったが、人と話す楽しさを知ってしまった今では寂しさが毒のようにじわじわと体を蝕んでいくのだ。
唇を噛み締めたり、歯ぎしり程度で済めばいい。が、最近はそういったこともなくなった。
無くすためには青年との会話が途絶えなければいい。それだけのこと。
ジークは今日一番楽しみにしていた事があった。
それは大好きなチョコレートを食べる事でも、芳しい花の香りを楽しむ事でもない。
ジークは目隠しを外し、目を大きく見開いた。普段の様相とは逸脱した禍々しい
姿には、種の本能が宿っている。
ギラギラと目を輝かせ、人を殺しかねないほどに、にたあと口を歪ませる。
本棚の隙間から取り出したビデオカメラの録画を止め、すぐに保存された動画ファイルを再生させる。
「どんな姿なのかなあ……貴方は……」
自分の目で見ようと思っても、中々に見れたものではない。
だから、こうして機械の目を借りて相手を確かめる事にした。
想像の彼と違ったらどうしようか。
一抹の不安を考えながらも興奮を抑えることは出来ない。
舌を出し、唾液を滴らせ、目は獲物を狙う蛇のよう。
ビデオカメラが映し出すのはジークのみが映る部屋で、しばらくするとノックをする音がした。
「ひっ、ひひっ……さあ……早く姿を見せてよ……」
記憶通りなら、彼は玄関で靴を脱ぎ捨てそろそろ部屋へと入ってくるはずだ。高まる鼓動を隠しもせずにジークはまじまじと画面を見つめた。
鮮明なカメラの映像はジークの思惑通り、青年の姿を映し出す事に成功する。
「え……」
尖った蛇目が多少緩む。
「そっか……」
まじまじと見つめる中で出た言葉は非常に淡白だった。ビデオカメラを支える手に力が入り、思わず笑みが溢れてしまう。
頭の中でしか存在しなかった青年が自分の手のひらで再生されている事に、
にやつく笑顔を抑えようとしても抑えきれない。
ずっとずっと、長い事見つめていても飽きる事はなかった。
それからというもの、寂しくなった時はビデオカメラの中の青年と話すのが日課となっていた。
ある種病的であり、心が大分不安定になっているがそれでもジークは自分を抑える特効薬として青年と常に会う事を決めたのだ。
「おはよう。貴方が側にいたからよく眠れたよ」
目線を合わせてくれない青年と会話をすると、にこにこしながらベッドから起き上がる。
バジリスクの家には必ずノックをして入るのが常習化されているから、目を開けていても誰かに害が及ぶ事はない。
とはいえ一般的にバジリスクは自身の能力を恐れてその力を封印するために目元を隠す。好き好んで目を開いて生活する者は中々いない。
ジークも、そんなバジリスクの一人だったのだが、青年と会話するようになって、見える喜びを知ってしまったのだ。
「今日の朝食はね、お腹空いてないから齧りかけのパンだけなんだ〜。あんまりたくさん食べちゃうと太っちゃうからね、そんなに食べないように
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