夏の雨は時に強く降る。部屋の中にいて猶辺りの音を掻き消すほどに降る雨は、世界を飲み込もうとしているようにすら思える。
そんな轟音を斬り裂いて響くは、金属の打ち、当たる音。テンポ良く重なる音は、武器を重ねる者同士が相当の手練れである事を物語っていた。
時刻は間もなく日付の変わりを告げる。
深夜の部屋には明かり一つなく、まともな視界なぞ有る筈もなかった。のだが……両者の動きに惑う様子は皆無。
落雷。色を失っていた世界が、僅かな時間だけその姿を見せる。
二人は僅かな間合いを取り対峙していた。
一人はYシャツとズボンというシンプルな出で立ちに、赤毛の長い髪を後ろにまとめた身の丈150センチほどの小柄な少年。
もう一人は少年を一回り大きくした体格の良い女。肩で切り揃えた金色の髪と、熟れた肢体を強調させる煽情的な赤黒いドレスに、似つかわしくない黒のマントを纏っていた。
光の収まった部屋はまたその姿を闇に隠す。そんな中唯一取り残されたのが、女の瞳。赤く輝くソレは、目の前の敵を射殺さんばかりに鋭く光る。恐怖の象徴に睨まれたにもかかわらず、少年にたじろぐ様子は無い。刃先を的確に女の眉間へ合わせると、躊躇無く女の懐へ踏み込む!
襲い掛かる刃
対する女の手には得物らしきものは握られていない。が、美しく伸びた爪で一撃を逸らし、返す刀で少年の喉元めがけ腕を振り下ろした。
キンッ! と、金属音にも似た音と同時、大理石を敷き詰めた床に青白い火花が走る。通過点にあった物体が例外無く膾切りの目に遭った。
「チッ!」舌打ちをしたのは女の方だった。手応えが無い。肉塊を切り刻む柔らかくも弾ける様な快感も、新しい血の心蕩かせる香りもしない。
(こいつ、本当に人間か?)
10分の一秒にも満たない瞬撃を少年はかわしたというのだ。かつてベルゼバブの翅すら斬り落としたこの爪を、何の能力も無い人の子が避けるなぞ有り得る話ではない。
一縷の隙。それを少年が見落とす筈がなかった。踏み込むと同時、手にした剣を逆手に持ち替え、振り下ろされた腕目掛け剣を突き立てる。
「ぐッ!」低い呻き声は 少年のものだった。
避けられる事を予見し、女は蹴りを重ねていた。細くも強靭な足が少年の胸板を強襲する! 数ミリの僅差で女の足が勝った瞬間だった。
少年は象にでも蹴り飛ばされたかの如く一直線、20メートルは離れた壁に叩き付けられた。
だが少年も吹き飛ばされる刹那、腰に差していた短剣を女目掛けて投げ付けていた。見事短剣は女の脇腹に命中する。
微かな呻き声を上げる女。
「見上げたものだ……」
突き刺さった短剣に目をやると、躊躇無く剣を抜き取った。女の体からは僅かな血しか流れない。致命傷とはいかずとも、それなりのダメージが残る筈だった一撃は、女の驚異的な回復力の前に意味を成さなかった。
「まともな体ではキツかろうが、私には通用せんよ……」
女の勝利宣言とも取れる言葉が、雨音に掻き消されようとしていた。
「しかし……」女の表情は晴れない。先ほどの一撃といい、人としてはあまりにかけ離れた身体能力もそうだが……女の視線は少年の体に向かう。何か、言い知れない違和感。
「まだ……終わって……いませんよ」
「何!?」
再びの戦闘宣言に、女は驚愕の色を隠せない。私の一撃をまともに受けたのだ。肋は既に粉々になっていてもおかしくない。まともに息をすることすら辛い筈なのに!
正に、想定外。少年は壁に半分めり込んだ体を強引に引き摺りだす。これではどちらが化け物か分りはしない。
「貴様、化け物か!?」率直な感想が女の口から洩れる。
「貴方にだけは言われたくないですね。これほど長く続いたのは今回が初めてですよ」
服に付いた埃を払いながら、少年は乱れた服を直す。
「??」またも違和感。何かが引っ掛かる。
(何なのだ、一体!)
頭を振り雑念を振り払う。余計な事に気を取られて太刀打ちできるような半端者でない事は、今までの手合わせで重々承知している。
(さて、このままでは埒があかんな……それに)
女は少年を見据える。あれだけのダメージを受けて猶、少年の息は殆ど上がっていなかった。対してこちらは少しだが乱れが出てきている。
かれこれ四時間は互いの命をかけたゲームをしているのだ、イイ加減スタミナ切れを起こしてもおかしくない。その分析通り自分は疲弊を始めたが、目の前にいる人間はどうだ、まるで疲れた様子を見せていないではないか。
(このまま続ければ私の方が不利、か……)
嘗て経験した事の無い結論に、女はどうしても笑いを抑える事が出来なかった。
(私がここまで追い詰められるとは……まるで死神を相手にしているようだ。そういえば……)
女は記憶の中の言葉に辿り着く。
……確かアズラエルとかいう堕天使が零した言葉
―――私達魔族は欲望に執り付かれるのだけ
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