師走…
いつもは泰然としている坊主も、その忙しから走るという。
年の暮れなんざ、坊主だろうが侍だろうが…はたまた貧乏人だろうが忙しくしているってもんだ。
色彩もなく、表から見える戸や障子も継ぎ接ぎだらけの連なった家家。
そんなところのひと部屋でひとりの男が、慌しく掃除をしながらぶつぶつと呟いていた。
今年も、お疲れ様でした
貧乏長屋の一室だが、雨風凌げりゃ問題なし。住めば都とはこのことよ!
長いこと部屋の片隅にあった、主のいない埃だらけの蜘蛛の巣も掃った。
長いこと干してなかった煎餅布団も干した。
今まであった借金も、返してこうして証文を取り返すことも出来た。
酒に、餅に、雑煮の用意。
大根・葱…ご近所さんからの贈り物…。
ちっと値が張ったが、数の子の塩漬けも手に入れた。塩気がたまんねぇ酒の友ってな。
これだけで正月は酒が続く。
おうおう、蕎麦も忘れちゃぁなんねぇ。
年越し蕎麦…。
カチコチンの鰹も剃って入れりゃ。
具なんてものはァ、何にもいりませんとくらぁ。
最近じゃ天麩羅なんてものを入れるやつがいると聞くが、屋台の出店で作る奴なんざ食えたモンじゃねぇよっと…。
さぁて…後は…。
何が必要だっけぇな…。
外では、早めに家の中で正月気分を味わおうとしているのか、いつもはガヤガヤとやかましい人の声も聞こえない。
時折、大通りの方から寺や神社へと行こうというのか、子供をつれた者達の声が響いてくる。
今日は、近くの寺で宝舟の絵を買ってきた。初夢だけでもいい夢見ようという縁起物だ。
いい夢が見れますように…っと!
紙の舟も、一晩ならば人を乗せる事も出来るだろう…ってな。
貧乏がすこしでも楽になればいいとも思う。
福を呼び寄せる七人の神さん。
むさ苦しい爺の神さん…そんな中で一人だけ艶やかなお顔の神さん。鮮やかな朱の口元が笑いかけている。そのお名は、弁天さん。なんで、出来れば弁天さんにお出ましいただきたいところよ。
色っぽく艶やかな弁天さん
そのふくよかな、しなやかなお姿で、この俺の元へとやって来てくだせぇ
そんな好い女の夢でも見られれば、一年の始まりにはもってこいの縁起夢だぜ!
煎餅布団に入りながら、火鉢の上の餅を突っついて焼いてる俺はもう正月気分。
まァ普通の家ならば、正月の仕度で忙しくてならねぇというのが普通なんだろうが…俺はひとりモンで気楽な人生よ。細かいことは気にしない。
数の子の塩抜きはしておいた。後は、食べられるようになるのを待つのみ!
おっとっと、竈の鍋がぐらぐら言ってら!蕎麦を茹でるんだったな。
蕎麦を茹でてると餅が焦げた。そのまま蕎麦に入れちまおう。
へへへっ、今年最後の力蕎麦。来年の糧にしろってか?神さん仏さんも、粋な計らいしてくれんぜ!
あったかいものを食べると、一杯やりたくなってくる。
ここは一つ…。
柄樽から酒を椀に注いで飲もうとしたが…その冷たさに寒気が背筋を伝う。
蕎麦を茹でた湯で、燗にしちまおう。
出来た燗に、つまみはないかと考える。見渡せば、塩抜きしている数の子が見えた。
コイツをつまみにやっちまおう!
顔が縮み上がるほどの塩気だが…、燗によく合うつまみだぜ!
後は、鐘突き聞きながら寝るだけだ。
チビチビと酒をやっていると、すぐ隣にある枕の横には、宝舟の絵が…。
七福神。誰が考えたか知らねぇが…福よこいか…。
福なんてものは、金と同じで天下の回りモンよ。そのうち来んだろうさ。
けど、いまの俺にはどうしても来ねぇだろうものが一つ…。
それは…女だ。
女。
貧乏背負って生きてるような俺に、嫁の来ても無く。
容姿もいいわけでもねぇ、甲斐性があるわけでもない俺に、女が出来るはずもなく。
どうしようもねぇ俺が、女と唯一戯れられるのは…夜鷹ぐらいのあばずれもんだ。
どうしょうもねぇ俺と、どうしょうもねぇあばずれ…
へっ、お互いさんだなぁ…。
ちびちびと酒と数の子をやりながら、自虐的にほろ酔いになっていると宝舟。
そういえば…宝舟の絵を売っていたあの売り子…。
ありゃぁ…若い女だったなぁ。
尼さんのように白い頭巾を被って、顔も隠すようにしていたが…あの声。
確かに若い女だった。
声からして、初初しい…やさしげな雰囲気。言葉少なげなその売り子。
ああ、もうちょっと話してみればよかった…。
後悔が頭をよぎる。が、もう遅い。
ちぃっ! 悔いを残しちまったなぁ…。
だからよう!弁天さん。夢の中だけでいい。俺のところへ来てくれや!
布団に横になると…外は妙にしんっと静まり返っている。
布団からそっと足を伸ばして障子を開けりゃ…。
空には、白いモンがちら
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