6.舟に乗りしは、弁天さま

 師走…
 いつもは泰然としている坊主も、その忙しから走るという。
 年の暮れなんざ、坊主だろうが侍だろうが…はたまた貧乏人だろうが忙しくしているってもんだ。
 色彩もなく、表から見える戸や障子も継ぎ接ぎだらけの連なった家家。
 そんなところのひと部屋でひとりの男が、慌しく掃除をしながらぶつぶつと呟いていた。

 今年も、お疲れ様でした
 貧乏長屋の一室だが、雨風凌げりゃ問題なし。住めば都とはこのことよ!
 長いこと部屋の片隅にあった、主のいない埃だらけの蜘蛛の巣も掃った。
 長いこと干してなかった煎餅布団も干した。
 今まであった借金も、返してこうして証文を取り返すことも出来た。
 酒に、餅に、雑煮の用意。
 大根・葱…ご近所さんからの贈り物…。
 ちっと値が張ったが、数の子の塩漬けも手に入れた。塩気がたまんねぇ酒の友ってな。
 これだけで正月は酒が続く。
 おうおう、蕎麦も忘れちゃぁなんねぇ。
 年越し蕎麦…。
 カチコチンの鰹も剃って入れりゃ。
 具なんてものはァ、何にもいりませんとくらぁ。
 最近じゃ天麩羅なんてものを入れるやつがいると聞くが、屋台の出店で作る奴なんざ食えたモンじゃねぇよっと…。
 さぁて…後は…。
 何が必要だっけぇな…。

 外では、早めに家の中で正月気分を味わおうとしているのか、いつもはガヤガヤとやかましい人の声も聞こえない。
 時折、大通りの方から寺や神社へと行こうというのか、子供をつれた者達の声が響いてくる。

 今日は、近くの寺で宝舟の絵を買ってきた。初夢だけでもいい夢見ようという縁起物だ。
 いい夢が見れますように…っと!
 紙の舟も、一晩ならば人を乗せる事も出来るだろう…ってな。
 貧乏がすこしでも楽になればいいとも思う。

 福を呼び寄せる七人の神さん。
 むさ苦しい爺の神さん…そんな中で一人だけ艶やかなお顔の神さん。鮮やかな朱の口元が笑いかけている。そのお名は、弁天さん。なんで、出来れば弁天さんにお出ましいただきたいところよ。
 色っぽく艶やかな弁天さん
 そのふくよかな、しなやかなお姿で、この俺の元へとやって来てくだせぇ
 そんな好い女の夢でも見られれば、一年の始まりにはもってこいの縁起夢だぜ!



 煎餅布団に入りながら、火鉢の上の餅を突っついて焼いてる俺はもう正月気分。
 まァ普通の家ならば、正月の仕度で忙しくてならねぇというのが普通なんだろうが…俺はひとりモンで気楽な人生よ。細かいことは気にしない。
 数の子の塩抜きはしておいた。後は、食べられるようになるのを待つのみ!
 おっとっと、竈の鍋がぐらぐら言ってら!蕎麦を茹でるんだったな。

 蕎麦を茹でてると餅が焦げた。そのまま蕎麦に入れちまおう。
 へへへっ、今年最後の力蕎麦。来年の糧にしろってか?神さん仏さんも、粋な計らいしてくれんぜ!

 あったかいものを食べると、一杯やりたくなってくる。
 ここは一つ…。
 柄樽から酒を椀に注いで飲もうとしたが…その冷たさに寒気が背筋を伝う。
 蕎麦を茹でた湯で、燗にしちまおう。

 出来た燗に、つまみはないかと考える。見渡せば、塩抜きしている数の子が見えた。

 コイツをつまみにやっちまおう!
 顔が縮み上がるほどの塩気だが…、燗によく合うつまみだぜ!
 後は、鐘突き聞きながら寝るだけだ。

 チビチビと酒をやっていると、すぐ隣にある枕の横には、宝舟の絵が…。

 七福神。誰が考えたか知らねぇが…福よこいか…。
 福なんてものは、金と同じで天下の回りモンよ。そのうち来んだろうさ。
 けど、いまの俺にはどうしても来ねぇだろうものが一つ…。
 それは…女だ。
 女。
 
 貧乏背負って生きてるような俺に、嫁の来ても無く。
 容姿もいいわけでもねぇ、甲斐性があるわけでもない俺に、女が出来るはずもなく。
 どうしようもねぇ俺が、女と唯一戯れられるのは…夜鷹ぐらいのあばずれもんだ。
 どうしょうもねぇ俺と、どうしょうもねぇあばずれ…
 へっ、お互いさんだなぁ…。

 ちびちびと酒と数の子をやりながら、自虐的にほろ酔いになっていると宝舟。

 そういえば…宝舟の絵を売っていたあの売り子…。
 ありゃぁ…若い女だったなぁ。
 尼さんのように白い頭巾を被って、顔も隠すようにしていたが…あの声。
 確かに若い女だった。
 声からして、初初しい…やさしげな雰囲気。言葉少なげなその売り子。
 ああ、もうちょっと話してみればよかった…。
 後悔が頭をよぎる。が、もう遅い。
 ちぃっ! 悔いを残しちまったなぁ…。
 だからよう!弁天さん。夢の中だけでいい。俺のところへ来てくれや!

 布団に横になると…外は妙にしんっと静まり返っている。
 布団からそっと足を伸ばして障子を開けりゃ…。
 空には、白いモンがちら
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