4.虹の下のしあわせ

 雨が多くなる季節…
 男がひとり、山へと分け入っていた。
 理由は…
 理由は、幸せを捜し求めているからだ。
 幸せ?
 幸せとは何なのか…
 男は、人に聞いた。だが…話を聞くだけでは、要領を得ることはできなかった。
 旅の途中で出会った、互いに手を繋ぎ見つめ合いながら微笑む夫婦。
 恋人を目の前に語る男女…
 彼らは微笑み“幸せ”を語るが…
 それが何かを、いまひとつ理解できない男には…どんなものなのか、いまいち想像が及ばない。きっといいものなのだろうということは分かるが…
 一体…幸せとはなんなのか…

 ある噂を聞いた。だから、“ソレ”を捜している。
 どこまで行けば"ソレ”は、現れるのだろう…

 ここは山の中…一心に空を見上げながら歩く。
 山の上には、黒い雲が…。山の中は、天候の悪化を示すようにだんだんと白いもやなのか、遠くの木々の様子が見えなくなってきた。
 そんな中、近く…頭上。空を覆うように茂る木々の向こう…天をどこまでも覆う雲を見上げながら歩いていると…

「ねぇ、そこの人?どこ行くの?」

 誰かに話しかけられた。
 声のした方に顔を向けると、木の枝の上に女がいた。
 それは、人…ではなかった。その女の腕は鳥の茶色い羽が付いていて、鋭い爪のある鳥の足が見てとれた。
 鳥女…
 くりくりっとした瞳で、何してるの?といった興味顔で、こちらを見つめていた。

「ん?ああ?探してんだ」
「何を?」
「…なんだっていいじゃねぇか」
「探し物だったら、空飛べる私の方があなたよりも探し出せるよ?」
「いいんだよ。いいから、ほっといてくれ」
「なによ〜」
 
 男は来る日も来る日も…探していた。

 雲を…

 雨の降りそうな雨雲を…

 霧の出そうな深い山を…


 空から目を離して女と話していると、もう黒い雲は空を覆い、辺りは暗くなっていた。

「ねぇ。そこの人?雨が降ってくるよ?」
「こいつは間違いなく雨雲なんだな?」
「そうよ?結構降りそうよ?」
「そうかい!なら万々歳よ!」
「?」

 話しているうちに、ぽつり……ぽつり……と雨音が聞こえてきた。

「ねぇ?そこだと濡れちゃうわよ?こちらに来なさいよ」
「…いや、ここでいい。ここで雨の様子を見る」

 男は、荷を下ろして空を仰ぎ見た。

「…風邪ひいても知らないんだから!」
「馬鹿は風邪ひかねぇんだよ!」

 ぽつぽつと聞こえていた音は、すぐにサァァァと音を響かせる。
 雨脚はどんどん強くなり、バシバシと雨が木の葉を…草木を…山肌を…叩く。
 ザァァァァァ っと大粒の雨が土砂降りに流れていく。
 男は、顔を伝い流れていく雨にも目をくれず目を凝らして空を見上げる。と、霧のような靄と黒い雲が足早に流れていく…
 そんな中…向こうの方から、光の筋…雲からは階段のように光る筋が…
 白い靄を突き抜けて、木々の間をゆっくりと照らしていく。
 だんだんと明るく、すこしずつ晴れていく空…
 だが、まだ雨はまばらに降り続いていた…

「…ああ!で、でた!でたぞ!こうしちゃいられねぇ!!」

 急いで荷を背負うと、走り出そうとする男。

「どこいくのよ!」
「出たんだよ!虹が!」

 疾風に煽られるように、足早に通り過ぎていく雲雲。
 地の様子を心待ちにしていたかのように明るい青空が、雲の間から覗いている。
 明るくなった空を背に、今だ降り続いている方を見るとそこには三重の虹が浮かんでいた。
 太くはっきりとした虹…淡く小さな虹…いまにも消えそうな虹が…

「虹?」
「おめぇ、知らねぇのか?虹の足元掘ればお宝があるって!幸せになれんだとよ!」
「ええ?!そんなこと聞いたこともないよぉ!」
「そうかい?なら、あの虹は俺のもんだ!」

 嬉々とした顔で、勢いよく走り出した男。
 女は男を追うように羽ばたくと、その後を追い始めた。
 陽を背に男は走る。

「待ってろよ!俺の虹!!」

 空にはまだ雨雲があり、時々霧雨を吹き付ける。
 そんな男の後ろを、ぴったりと女がついて行く。

「あなたにとっての幸せって何?」
「…わかんねぇ。だからよ、探してんだ」
「ねぇ。もしわかんないんだったら…」
「ああ!重てぇ!くそ!後もう少しだっていうのに!!」

 男はそういうと、背負っていた荷をそこに放り捨てて走り出した。
 足元に伸びる影には、女の影もぴったりとついているのが見える。男の肩のすぐ後ろにぴったりと女の厳つい足が。
 下に伸びる影は、女を肩にとまらせているように見える。
 女は、男に待つように言う。何故、そんなにも追い求めているのだろうか?と。
 だが…そんな女のことなどお構いなしと、男は走り続ける。

「消えるな!消えんじゃねぇぞ!俺の虹ー!!」

 飛ばした竹とんぼを追う、子供のよ
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