「よう。今回のお勤めは大層うまい事行ったぜ」
強面の鬼のような顔つきの男が、ほくほく顔してニヤついている
「あんたを紹介してくれたあのお頭にゃ頭が下がる思いだぜ。まさかこの街にこんなにも腕のいい型師がいたなんてよう!」
男は懐から四角い粘土のようなモノを取り出すと、それを二つに割ってその中を覗き込んだ
「こいつのおかげで、仕事の半分は終わっちまったようなもんだったしなぁ」
粘土の中には、複雑な形の溝があった
「あんたがあそこの大店の金蔵の鍵を模ってくれなかったら、えらいめんどくせぇことになっていたことだろうぜ」
型師とは…盗賊一味の業師のことで、蔵にかけられている鍵を文字通り“模って”しまう。鋳物型師とも呼ばれる者だ
「じゃぁ、今度のお勤めも?」
「ああ、あそこにいた連中は俺たちの気配すらも気づかないほど眠りこけて朝を迎えたことだろうぜ」
「そうかい」
「まぁ俺たち盗人にも仁義があらぁな。犯さず殺さず貧しい者からは盗まず…。人知れずに忍び込んで頂く物は頂いてずらかる。そうして、後々になってその家の奴が気が付いても、もう…後の祭り…。こいつは言ってみれば、職人技だ。大工やら職人に名人技があるならば、盗人には盗人の名人技よ!」
「盗人の名人技か…」
「そうよ!あんたの型師としての職人技が冴えていたからこそ、それが成し遂げれたっていうもんだぜ…なぁ!飾り職の庄次郎さんよう!」
飾り職の庄次郎…
本職は飾り職人。だが、この男には、裏の“顔”があった
数年前…とある店の金蔵の鍵を紛失したからと、持ち込まれた鋳物の“型”を使って鍵を作ったことがあった
どこか大店の番頭風の男…店の名や男の素性を確かめ、仕事代と目の前に積まれた金に相手のことを信用してその依頼を受けたのだったが…
それは、真っ赤な嘘だった。その男の本当の素性は盗人だったのだ。その店の番頭として店に入り込み、盗みの手引きをしていたのだった
盗人と縁を持ってしまった庄次郎。できるだけ盗人との縁を持ちたくなかったが…その後、同じような仕事を頼みにやってくる者がいたために、あるお頭の下につくことにした
殺しなどの血なまぐさいことなど、できるだけ関わりたくない。犯さず、殺さず、貧しいものからは盗まず…という掟をきっちりと守っていた盗賊のお頭の下でならば…この腕を振るっても、目を覆いたくなるような惨状はないだろうと思ってのことだった。
掟をつくり、きっちりとそれを守っていたお頭の下にいたが、お頭が老齢で引退した後は、本職の飾り職で身を立てていた
今回、その引退したお頭からどうしても顔を立ててくれと頼まれて、とある大店に忍び込むとその金蔵の錠前の穴の型を模ってきたのだった
「で、だ。これは、今度のお勤めがうまくいったことに対するお頭からの礼金だ!とっておいてくれや」
仕事料とは別の礼だという。その金は50両くらいあるように見える
庄次郎は迷った。これを受け取ったならば、また盗人の仲間にされてしまうのではないかと…
「遠慮することはねぇ!これは本当に礼なんだからよ!これであんたに貸しを作ろうだなんて思ってねぇよ!」
渋る庄次郎だったが…
「これはれっきとした礼なんだ。これを受け取ったからと言って次もよろしく!…なんてぇこたぁ言わねぇよ!あんたがこの盗賊家業から抜けたいと言っていたのは俺も聞いている。だから、こいつはれっきとした礼ってことだ!んで、何かの足しにしてくんな!…ほら!ほらよぅ!とっておいてくれよぅ!な!!」
その男は、金を掴むと無理やり手に握らせた
庄次郎は、ため息を一つつくとこくりと頷いた
「ようし!ありがてぇ。あんたに礼を受け取ってもらったと、俺はお頭にきちんと伝えられるってもんだい。じゃぁ庄次郎さんよう。ありがとうよ!」
そう言うと、男は帰っていった
本当に受け取ってしまってよかったのだろうか?と、もう一度ため息をつく庄次郎だった
盗人の仁義があるとはいえ、罪を犯しているということには変わりなく…
罪の意識に苛まれる庄次郎だったが、自分が模った型がきちんと作られ、ましてそれが大店と呼ばれる蔵の鍵を開けることが出来たと聞くと、どこか“開ける事ができたのだ”とか“してやったり”といったような高揚感や爽快感があってわくわくしてしまうのもまた事実
罪の意識と爽快感に板挟みさながらも、なんとなく頼まれれば引き受けてしまうのだった
礼として受け取った金。どうするかと悩んだが、とりあえず…金の相場も上がってきているし、本職の材料の金を仕入れるために使うわせてもらうことにした
金や銀、装飾に使う宝石などを扱っている馴染みの問屋に行く。すると、主と話し込んでいる者がいた
「ごめんよ!」
「いらっしゃい!おう、庄次郎さんじゃないか!
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