14.姉妹の絆<上>


一人の男が街中を、ぶら、ぶらと歩いていた
後ろ手に手を組んでゆっくりと歩いていた
だが、街中は喧騒の只中だった
あわただしく荷を積み込み、駆けていく荷車
桶に水を汲み、看板を大切そうに拭く商人
手代風の男が店先に飾る松を切り揃えている
そんなお店の前を通り過ぎると、今度は長屋が見えてきた
“掃除の邪魔だからみんな出て行っとくれ!”という声と共に子供や男が家の中から飛び出してきた
障子を張り替えようと水に濡らして剥がそうとしている者あれば、その家の中には叩きを持って家の中に積り積もった埃を叩き落とそうと振るっている者がいた

誰も彼もが一年の汚れをきれいにし、新しくやってくる年を迎えようとしているとき、この男はぶらぶらとしているのだった
男の特徴といえば…
腰に大小。黒の着流し。元は黒であったろうが、少しかすれた紋つきの羽織…
腰の刀の陰に隠れて、朱の紐のついた黒いもの…。それは十手であった
男は、役人であったのだ
男は名を、狭山 左近といった

師走のこの時期…どこかしこと忙しくなる
そんなとき、なにかといざこざが多くなる。だからこそ、こうして見回っているのだった



何気なく市中を歩いていると、とある長屋で大声が聞こえてきた

『こちとら慈善でやっているんじゃないんだよ!そんなに返すのが嫌ならはなっから金なんて借りるんじゃないよ!』
『頼む!あと少しあと少しなんだ!だから、待ってくれ!!』
『じゃぁ、利子分だけでも払ってもらう!そのくらいはあるんだろう?』
『……』
『黙ってちゃわかんないよ!あるんだろう?あんたんとこのじーさん。体が弱ったから薬代に金借りたらしいけど…この前、アタイが家の前を歩いてたら、じーさん煙草呑んでたよねぇ?煙草やれる金があるんだったら利子分くらいすぐに返せるはずさ!だから、ほら!…どうしても返したくないんだったら…それでもいいけどねぇ』
『わかった!わかったから…』
『返す気になったかい?』
男が家の中へと消えて行き…戻ってきた
『これでいいだろう?』
『そうそう。借りたら返す。当たり前のことを当たり前にする。これこそ人の世ということさね』

長屋の入り口にある柵の影から覗いてみると、子供のような者が大声を張り上げていた
大の大人の腰ぐらいの背丈しかなく、どうやら女の様であった

『さてと…じゃぁ、隣んち!五平!!…五平さんよ!あんたが一膳飯屋で溜めたツケ!いますぐアタイに返しとくれ!』
『待ってくれ!俺がツケにしたのは飯屋だ!アンタにツケといた覚えはねぇぜ?』
『うるさいねぇ!そのアンタがツケといた飯屋がアタイに金を借りに来たのさ。アンタみたいなビンボー人が来るとすぐに金ができたときでいいよとか言ってどんどんツケにしちまうだろう?だから、金がなくなってあの飯屋はアタイに金を借りるまでになっちまったってことよ!だから、あそこのおやじの肩代わりよ!!アタイはあそこのお人よしのいい人顔したおやじとはワケが違うからね!ほら!とっととツケを返しな!さもなきゃ利子が増えてくよ!!』
『鬼だぁ〜!』
『あんた…あやかし相手に何言ってんだい?』

そう、どうやらその者はあやかしのようであった
頭には牛か鬼のようにちいさな角を生やしている
だぼついた大きな羽織を着て、首には帳簿を紐で吊り下げていた
背には一抱えもある大きなそろばんを背負っていた

『ひー、ふー、みー、よー…』
かわいらしい声が聞こえる。その声はその内止み、ちいさな手のひらに広げた銭を指差しながら数えている
『……』
『………アンタ、5文足んない!ほらっ!』
『そんなことは!』
『ちゃんと数えておき!いいかい?…ひー、ふー、みー、よー、いつ…』
『…へっへっへっ…すみやせん。ここにあった…』
数え終えるより先に、軽薄に笑いながら残りを差し出す男…
『アホたれ!!わかっているんならさっさと出さんかい!』
『……』

手のひらからもぎ取られるのを、渋い顔して名残惜しそうに見ている男…
そんな時、ちらりと辺りを見回した女と目が合ったような気がした

『んじゃ、毎度…』
『……』
『なんかあったらまた借りに来。たんと貸し付けてやっから。そん代わり利子は…』
『鬼ー!』
『は、は、は、は。んじゃ次ー!次、徳兵衛ー…』

帳簿を開きながら長屋の中を歩いていく小鬼の女
その背中を見ながら特に問題はなさそうだと踵を返したときだった

『ふざけんなー!オレはそんなに借りてはねぇや!借りたって言うなら証拠を見せろ証拠を!!』
『うるさいねっ!頭の上からそんなピーチクパーチク喚くんじゃないよ!!酒臭い!』
『知るか!この業つくチビ女!』
『なんだとう?!この短足達磨のろくでなしが!証拠だぁ?これが証拠の証文だ。だから四の五の言ってないで返しやがれ!!』
『くそうっ!こ
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