13.水神様のお傍に

ザクッ  ザクッ
  ザクッ  ザクッ

足元で音を鳴らすのは、霜立った道
時々、まだ溶け残りの雪が…点々と
少し前に降り積もった雪が今だ日の当たらない木陰に残っている
氷になりつつある雪は滑る恐れがあるために注意が必要だった
しかし、藁靴を出すほどでもない…
そんな道を私は急いでいた

向かう先は、水神様の御座すお社…
川が多いこの国は、主要な穀倉地帯となっている平地に数多くの水害を受けていた
蛇のように蛇行する急な曲線を描く川が流れているために、氾濫があとを絶えなかった
そのために、他所から水神様をお招きし川の安定と作物の豊作を祈願したのだった
平地が見渡せる山にお社を建てお奉りしていた

私の名は、瀬山宗士郎。下級武士の生まれで今はお社の交々とした万ごとをする小間使い…つまりは雑用をするようにと仰せつかっていた
このお山の麓にある住まいを借り受け、この時期は毎朝日の明けていないうちからこうして通う
朝いちばんにしているのは、火鉢の差し入れだった
水神様が凍えてしわぬようにと、差し入れるようにしている

お社には普段、雑用を仰せつかっている私とてそうそう入ることが出来ぬ
水神様のお世話は身の回りをお世話する巫女様がやっておられている

水神様なり、巫女様なり、私はそのお姿を拝見したことはない
美しい龍とも、蛇とも言われるそのお姿…
この地へとお連れした高名な僧侶もしくはお殿様とてそのお姿を拝見することはないという

参道から境内にいたる門扉を開ける。しんと物音のない境内を足音を立てないようにその裏手へと回る
お社の勝手口が見えてきた
まず、勝手口の扉を二三叩く
すると、中から音がした
扉の閂を開ける音だ
ここですぐに入ってはならない。なぜなら、開けてくださったのは巫女様だからだ
巫女様のお姿さえ拝見できる立場ではないために、巫女様が奥へとお戻りになられるまで待つ
『どうぞ』
と、小さく澄んだ声が聞こえてきた
「失礼仕る」
声を掛けた上で中へとさっと入る
中は整然としている。塵ひとつないそのお勝手はきれいに拭き清められ、巫女様のお人柄をうかがい知る事が出来る
「巫女様。今朝も新しき炭を起こして参上仕りました」
『ご苦労様です』
お勝手と向こうの部屋との間にある襖。その引き戸一枚を隔てた辺りからそのお声は聞こえてきた
「水神様、巫女様ともども時節柄お風邪などをひきませぬようご自愛なさりませ」
『いつもお心遣いありがとう存じます。瀬山殿もお風邪を引きませぬように…』

支度をするのは二つ。水神様と巫女様の火鉢だ
すぐさま持ってきた炭を速やかに、そこに置いてある火鉢へと移してしまわなくては…
まだ暖かい前の炭を片付けて新しくしなくてはならない
慎重に事を運ばねば、灰がたってしまう
清められたこのお勝手を灰で汚してしまいたくはなかった

「ありがとう存じます。なにかご用向きのほどはございますでしょうか?」
『ならば…いつものようにお城への書状の類をお願いいたします』
「はっ、確かに承りました。…ほかに何か御用入りの場合には速やかにお申し付けくださりませ。では、これにて御免…」

毎日繰り返される同じ言葉、同じ問答…
しかし、私にはこれが楽しみで仕方なかった
下級武士の私がお国の大事に関わる神に近い者に触れられる唯一の機会だったのだから
巫女様の澄んだお声、お勝手口から見えるその人柄…
それを見ると心が澄み渡るようだった

外に出ると、納屋から箒を持ってきて外を掃き清める
お社の境内、そこへと至る参道を…
木綿の着物ゆえ、冬はことさら寒い
寒さに身を縮めながらも、これは神事…お役目と思ってことに当たる
そんなとき時々、お社のほうから視線を感じるときがある
寒さ厳しき時、身を削るような風が吹き込むとき…雨や雪のとき…
お声を掛けられるわけではない。だが、私には励ましのお声を掛けていただいたように感じる
だから、私はこの同じ毎日を耐えることが出来るというものだ
そうして、時が過ぎて行く…


暦の上で冬の季節が過ぎ去ったが、まだまだ寒い日も多い頃…
私の住処の裏手にある蝋梅の黄色い花が咲いていた
少し早咲きの花
春を思わせる華やいだ匂いを漂わせるこの花
私は、お社にいる水神様や巫女様にも春の到来を感じていただきたいと、少しだけ摘んで届けることにした

「瀬山殿。何やら華やいだ匂いがしますが…?」
「はい。今朝は花を少しばかりお持ちいたした」
「花…ですか?」
「さよう。少しばかり早咲きの蝋梅にございまする」
「蝋梅…」
「これを…」

お勝手は板張り、襖の向こうは畳張り
私は、板張りと畳張りの間…襖の前にその摘んできた蝋梅をさしだした
すると…
透き通るような白いお手が見えた
これが巫女様のお手…
「これは…よう咲いております。そして…よ
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