「ん…んんん………むにゃ……」
男はそんな声で目が覚めた
ゆっくりと目を開くと、目の前には褐色の大きな乳房があった
顔を寄せるとあたたかくやわらかい乳房がその形をかえる
息を吸い込むと、やさしく甘い匂いが香ってきた
見上げると幸せそうに眠った顔…
いつまでも見ていたいそう思ったが…
鶏の鳴き声がどこからともなく聞こえてきた
目を移せば閉じた戸の隙間から陽の明かりが漏れている
この明るさは…もう昼だ…
今日はいつだろうか?もう何日こうして二人で寝ていたのか…
男は外の様子を見に行きたくなった
しかし、すぐには行けない
その理由…それは…
男の大切な人…嫁であった
彼女はいつも男を抱きしめて寝る
そして、男が寝返りとかで離れようとすると、許さないとでも言いたげに抱き締めなおしてまた寝てしまうのだった
だから、すぐにはいけない
男は、彼女の背から尻にかけてくすぐるように撫でる
そうすると彼女のしっぽがハエでも払うように動く…
でもそれでやめてはならない…
続けていると痒みを覚えたのか、ぼりぼりと彼女はかき始めた
今だとばかりに起き上がる
「…だめぇ…」
甘く懇願するような声…でも男は外を見に行きたかった
彼女はまだおきない。そのうちに起きるだろうが…
いまのうちと、男は着物を羽織って外に出た…
夏の風とは違った気持ちのいい風が吹いていた
だが、日差しはまだまだ暑い
空にぽっかりと大きな雲が浮かんでいた
向こうに見える山の頂にかぶさるように、そして高く高く空を突き抜けんと真っ白に…
夏ももう終わり。秋口に近づいているが…まだまだ昼は暑くその空には入道が地に住む者たちは頑張っているかと首を長くして見晴らしている
赤いトンボが二匹寄り添って飛んでいた…
その眼下には一面の水田
黄色に変わる稲は頭を垂れていた
重そうに揺れるその頭
豊かに実った稲穂
人と地と風とお天道様の力が重なった大切な実り
段になっている棚田
見渡す限りの田が黄金色に色づいていた
それを見て男は微笑んだ
「そろそろうちの嫁の出番だがなァー」
田んぼを前に何か思いに耽る男
そんな時声がかかった
「よし蔵ー!瓜をもらったど!早く来ー?」
おっと嫁さんが呼んでいる。瓜か…これは早く行かねばなるまい
呼ばれた男はそそくさと家へと帰っていった
男は、よし蔵という名だった。ここら里山でいくつかの田んぼを持っていた
一昨年、嫁をもらい所帯を持って暮らしていた
「キュウリもマクワもよう冷えているぞ?」
彼を出迎えたのは…
背丈は彼よりも大きい
男かと見まごうかのような卓越した筋肉を持っていて、頭には牛のような角が生えていた
力強い蹄をもつたくましい足がその漲る力を現しているかのようだった
「ああ。ありがとうよおミノ」
とても力持ちな彼女。だが、いつも寝てばかりいる
でも彼はそんな彼女が可愛くて仕方なかった
豊かな胸を持っていていつもそれに包まれながら一緒に眠るのが好きだった
農作業に出るために抱きしめる力の緩んだ彼女から抜け出そうとすると、片時も離れたくないと抱きしめなおしてまた眠る
起きたら起きたでよし蔵の顔を見ながら交わろうとするのだ
これでは農作業をしている暇もないのだが…
彼ができない時は村に住む他の者たちが彼に代わって田を見てくれていた
そんなことができる理由…それは…
「おミノ?そろそろ稲さ刈りとる時期なのよ。だから、あれをやってほしいんだ」
「えーめんどくさい」
「そんな事言わんと。そうじゃなくとも我侭通させてもらっているべ。それに…」
「それに?」
「おまえさんと一緒に働いておんなじ汗かいて…おまえさまと…したいべ」
「……」
おミノは目をまん丸にしている
したいなどと彼の方から言い出すことは滅多になかった
「おまえさまとおんなじ汗かいた後の睦ごとはさぞ気持ちええことだろうな………駄目じゃろうか…?」
「っ?!…よし!やろう!やってやろう!!」
どうやらやる気を出してくれたようだった
アタイに任せなというように、よし蔵の首に腕を掛け頬に頭をすり付けながらワハハハッと笑っている
おミノとの出会いは一昨年のことだった
春先の山の中…
山から湧き出す川の水源を見に行こうと草木を分け入っていたときだった
その日は水の湧き出す泉に着いて、周りを掃除していた
日ごろ、この泉には感謝の気持ちで時々掃除に来ていた
掃除を終えて一休みに握り飯を食べていると…
大きな木の下の向こう、草が茂る中から大きなイビキ声が聞こえたのだ
人のようなイビキ…ではない。なにか恐ろしげな獣でもいるのかと思った
ぐおーぐおーと地響きまで聞こえそうなイビキ…
近寄ってみると日に焼けた人の背中と蹄のついた牛の足が見えた
腰から出た尻尾が飛んでくる虫を払っていた
「あれまぁ…こ
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録