11.偽の中の真

そこは暗所だった
日の光が一切入らないように幕や板で覆われていた
中にはムシロが敷かれて床に座れるようになっている
そこに百に満たぬ者たちが息を殺して何かを見守っていた
一点に…一心に…わずかな見逃しもないように…
彼らの見つめる先…そこは、彼らの座る床よりも
二段ほど高くなっている広場だった
そこだけは明かりが灯されている
そこにあるものが座しているものたちによく見えるように明かりが点けられていた

ここは舞台…
どうやらここは、芝居小屋のようであった

今まさに芝居の真っ最中…

それは終盤…今まさに幕切れになろうとしていた


舞台の上では、二人の男女がすがりあって涙にくれていた

暗い舞台の上で…

“抱き寄せ肌寄せかつばと伏して泣きいたる。二人の心ぞ不便なる涙の糸の結び松…”

男と女は互いを松にくくりつけ

“もしも道にて追手のかかり割れ割れになるとても、浮名は捨てもと心がけ剃刀用意いたせし

が、望み通り一所で死ねるこのうれしさ”

追っ手がかかる前に一箇所で死のうとしているようだった

女は男に“はよはよ殺して”と泣きながら頼む

“心得たり”と脇差を抜き放ち“さぁ只今ぞ”と泣きながら切りつけた

愛しい愛しいと抱き合った肌に刃を女につきたて我も行くぞと言って男も果てた


疑いなき恋の手本となりにけり…



その声と共に明かりが消され幕が引かれる
拍手!
喝采!
演じきった役者を称える声…

小屋の中に明かりが戻る
役者達は観客に挨拶をして舞台裏へと去っていった…

心中ものの芝居…

役者の女は舞台裏へと回ると被っていたカツラを外した
「…ふぅ」
と、一息
客席からは今だ興奮覚めやまぬ客達のざわめきが聞こえる
それを聞きながら、急須から湯飲みに茶を注ぎ入れ一口…改めて息を吐いた
「若?お客だよ?」
裏方の黒子姿の一人が女にそう告げた
「客?ああ、いや追っかけの方々ならお断りしてよ。わたしはそういうのをよくは思っていないのだから」
「ああいや、そうじゃなくてな…」

「相変わらずおかてぇな彦十!」
唐突にそんな言葉が投げかけられる
女が驚いて声の方を向くと二十歳位の男がにやにやしながら立っていた
「なんだ。三郎か…来てたんだ」
三郎とは、彦十と言われた女の友人だった
「おうよ!なんだなんだ?その来て欲しくなさそうなその物言いは?」
「そんなんじゃないよ」
「そうかぁ?」
「で?今日はなんなのさ?」
「まぁ、話の前に化粧落とせよ」
そういうと、三郎は女に水の入った桶と手拭いをわたした
「…ありがとう」
おしろいと紅を落とすと女はたちまち青年に変わった

「で?今日は何しに来たの?…まさかまた?」
「人聞きの悪いことを言っちゃなんねぇぞ?俺はこうやって一仕事終えたダチに労いの言葉をだなぁ…」
「はいはい。ありがとう」
「つーことで、ちと金子を貸してくれ」
「やっぱりまたなんじゃないか!」
友人に金子をせびるのはもういつものこととなっているようであった
「ははは!いいだろう?おめぇさんの女形はもうかなりの評判だ!芝居好きの大向こうにいる客をもうならす芸をしてるんだ!儲かってしかたねぇよなぁ?」
「もう!ダメだよ!一体今まで幾ら貸していると思っているの!」
「ちょっとだけだよ!ほんのちょっと貸してくれりゃそれでいいんだよ!」
食い下がる三郎
「もう……ちょっとだけだよ…」
仕方がないと根負けし、ため息をつく彦十
「はっははは!すまねぇな!こいつはその内倍返しするからよ!」
「あてはあるの?」
仕方なくわずかな金子を与える
「あるさ!まぁそのうちな?ありがとな!さぁて!今度こそあのじじぃどもに一泡吹かせてやる!!」
三郎は息まいて去っていった
「…本当に仕方がないなぁ…」


彦十という青年はとある旅の一座の一人だった
彼が10に満たぬ頃この町にやってきた
当初、一座は寺などを借りて芝居をしていたが、今のこの芝居小屋を提供してくれた大家の誘いの元、以来ここで芝居をしていた

三郎は大家の3男で彼の親が家賃の催促をしに行く時ついてったら、たまたま歳が近い彦十と仲がよくなったのであった
旅役者達は血縁での興行のためその絆は堅い。だが、一座に彼の歳に近い者はいなかったためすぐに彦十と三郎は仲良くなった
それから、こうして時々やってくる

三郎には困った趣味があった
それは、将棋。それだけならいいのだが…
最近では湯屋の二階に屯している爺さん共を相手にしてその腕を磨いているらしい
だが、彼ら年寄りたちは暇つぶしにと決まって金子を賭けるため
三郎はいつも文無しにされるのであった
そいうして、自分の持ち金を使い切るとこうして彦十のところにやってきては金をせびるのであった
その度に彦十は決まって三郎に
「三郎は鴨にされてんだよ!い
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