雨が降っていた
ザァァァーーーー
大粒の雨が降りしきる
目の前を通り過ぎる白い筋
そんな中、林の中の細い道をずぶ濡れになりながらも傘を持って歩く者がいた
手に持つ傘はその雨ををうけ、滝のように水を受け流している
吹き付ける雨に色のあせた紋付羽織…黒い着流しはぐっしょりと濡れていた
男は街の同心で、矢崎平次郎といった
今日は街のはずれに用があったのでそこに行った帰りであった
相変わらずの豪雨
時折、暴風を伴って吹き付ける
辺りの木々は大きくしなり、その猛威を受け流している
ニィ・・・ニィ・・・
そんな時、耳の奥で何かが聞こえた気がした
豪雨が傘にあたる音と吹き付ける風の音…
細い道は川と化し、ビチャビチャと水が跳ねる
ミィ・・・
「?」
やはり何かが聞こえた
こんな日のこんな所で?
声の聞こえたところで耳を澄ます…
ミィ…
…やはり聞こえる
何かを待つような…心細いようなそんな声…
辺りを探す
声の主は、一匹の子猫であった
子猫は、木の根元にあった洞の中で鳴いていた
母親の姿はなく
一人ぽつんと、寒さに震え洞の中にまで入ってくる風雨に耐えていた
洞の先にかがんで手を差し出すと、驚いたのか逃げるように洞の奥で丸まってしまった
しばらく、手を差し出したままにしておくと何もしないということが分かったのかこちらに寄ってきた
手先をくんくんと鼻をつけて匂いを嗅いだ後、ちろっと舐めた…
怖がらせないように、掬うように手に持ってやる
両手で抱えるように持ってやると、やはり不安そうな瞳を向けた
「おまえ、一人か?」
“ミィ…”
「うちに来るか?」
“ミィ…”
問いに答えたわけではなかったろうが、このままにしておくのも…と思い、連れて帰ることにした
つぶらな瞳が見上げている
雨に濡れたその体はぶるぶると震えてしまっていた
持っていた手拭いでその体を拭いてやり、着物の前を少し開いて懐に抱きかかえてやると安心したかのような声を出した
素肌の温かさに安心したのか、街に付く頃には可愛らしい寝顔を見せていた
この大雨と、子猫を抱えたままではお役目は出来ぬと一旦家に帰ることにした
バシャバシャと水はけの悪い道を歩きながら家へと帰る
「…さてと、きちんと身を拭いてやって布団で寝かせてやらんとな…」
小さな三毛の猫
安心しきったようなその寝顔…
彼は、その寝顔に心癒されながら布団を掛けてやるのであった・・・
それが、この猫との出会いであった
その次の日、雨が止んだ
半ば強引に連れて来てしまったと、子猫をあの洞のところに戻してやることにした
「おまえは、母の元へ帰れ」
“ミィ・・・”
手を放そうとすると降りたくないとばかりにこちらを振り返り鳴く
「どうした?母の元へ帰りたくないのか?」
“ミィ・・・”
・・・首元を掴んで下ろしてやる
“ミィ…ミィミィ…”
こちらをいっぱいに見上げてミィミィ鳴く子猫
「ではな…」
後ろ髪を引かれる思いだったが・・・踵を返す
“ミィミィミィィィ…!”
さっきまでの声と違った大きな鳴き声
振り向くと、精一杯こちらを向いて、一生懸命こちらに歩んでくる子猫がいた
「おまえ・・・」
“ミィィ”
その瞳は潤んでいる
行かないでとばかりに、鳴く子猫
手を差し出すとぺろぺろと舐めだした
「家なんかで良いのか?」
“ミィ…”
懐に抱いてやると安心したかのような顔をして見上げている
うちに来るならば名を付けてやらぬとなと思う…
ミィと鳴くので、この猫の名を“みぃ”とした
手元に良い鈴がなかったために、普段いつも身に付けていたお守りの鈴をその首につけてやった
こうして、家に一匹の猫がやってきた
一緒に暮らしだすと、とても懐いた
昼はふらりとどこかへと行き、帰ってきて平次郎が胡坐をかいているとその上で丸まる
寝ると布団の中へともぐりこんできて、寒いと懐の中へと潜り込んで来る。そんな猫だった
一匹の猫が来たとは言え相変わらず、冴えない同心暮らし…
一人身故、爪に火を灯すような貧乏をしていると言うわけではなかったが…そんな暮らしも何とかしたいと思うようになっていた
ある日…
奉行所仲間の、佐伯叉十郎という男が家にやってきた
奉行所仲間といっても、佐伯は与力
身分は上だ
「よう!相変わらずの貧乏だな」
「来て早々それですか…」
「なに、元気そうでなにより…」
「何かご用ですか?」
「他人行儀はよせ。奉行所以外では俺もお前も身分などない。一緒に道場に通った仲ではないか」
二人はその昔、同じ道場に通い、身分関係なく兄弟のように接していた
「そう言ってもな…それで?なに用なのだ?」
「うむ。実はな…お前もそろそろ嫁でも貰ったらと思ってな」
「よせよせ!こんな貧乏同心のとこに来ようなどと言う女子が居るものか!」
「そうでもないぞ?
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