青い空に雲が流れている
ちゃぽん…
そんな音と共にその空が揺らいだ
周りを見渡せば
緑色の線
細い茎から青い若葉がすぅっと伸びている
辺り見渡す限りそこに見える
そこは水田であった
そこの向こうに見える山の斜面にも段をつくって田が作られている
風にそよぐ稲
緑溢れる一面の水田
どこかで蛙が鳴いている
水田沿いにある小道
その道は棚田へと続いている
棚田の麓には、小さな祠があった
祠の脇には人の背ほどの楠がやさしく揺れている
その木陰で男が昼寝をしていた
ちょうど昼飯を食べ終わり、腹も膨れた所でうつら…うつら…としたようだった
安らかな寝息をたてる男
たったったったった
そんな男目指して駆けて来る小さな足音があった
「にぃちゃん!にぃちゃん!!」
小さな男の子。彼は男のそばに来ると揺さぶる
「にぃちゃん・・・にぃちゃん!」
「・・・うん?なんだタツ坊か。昼寝してんだから起こすな」
タツ坊というのは男の家の近くに住む家族の子だった
「にぃちゃん。またあれやってよあれ」
「・・・またか。妹のお守りはどうした?」
「いまはかぁちゃんにまかせた」
「かあちゃんも今は忙しいだろうに・・・」
「だからぁはやくぅ、にぃちゃんあれやってよぅ。どうしても聞きたいんだよぅ」
「しょうがねぇな」
タツ坊の言う“アレ”・・・
男は、被っていた笠を手に取るとそこへと置き
立ち上がると、腰を少し落として左手を左膝へ、右手は前に差し出した
「ごめんなすって・・・北の方より流れて来るは、現世の義理もしがらみもうまれてこの方無頼旅。渡世人、銀之丞たぁ…あっしのことで!」
「いよっ!にぃちゃん!!」
「褒めるモンでもねぇ」
めんどくさそうにそう答えた男
「格好よかったよ。にぃちゃん」
「タツ坊は絶対に“渡世人”なんてやくざモンになっちゃいけねえぜ?」
「うん。わかってるよにぃちゃん。おいら、とぉちゃんとかぁちゃんといもうととじぃちゃんとばぁちゃんと仲良くやっていくよ」
一人ずつ数えながら小さな手を開いていくタツ坊
「それでいい。タツ坊、おまえのおっとぅとおっかぁの前では絶対にこれをやっちゃぁなんねぇ。悲しんでしまうぞ?わかったな」
「うん。やらない。おいら、みんなのかなしい顔なんて…みたくない」
「それでいい。世を拗ねたヤクザモンなんて俺だけでいい。さて、昼ももういいだろう。タツ坊?おっかぁの所へ帰れ。俺ももう少し田の手入れをしなけりゃならねぇ」
「うん。にぃちゃん!またあとでね!」
タツ坊が走り去っていくのを、手を振りながら見送る男
男は、伸びをして体をほぐすと、近くの田へと入っていった
田植えから夏にかけてのこの時期は、稲がぐんぐん伸びる
それと共に、田の中の雑草も同じように伸びてしまうので、毎日毎日とってやらないといけない
自分のことを“渡世人”と言ったこの男がなぜ百姓と同じことをしているかというとワケがあった
数ヶ月前のこと、秋の長雨の時期であった
男はふらりと山の中を歩いていた
名も無き細道。獣道のような道
ちょうど、水田を望める景色の良い所に差し掛かったときだった
足場が悪く泥濘に足を捕られて、そのまま下に落ちてしまった
落ちた時に足を挫いたらしく、痛みがあった
泥だらけになりながら、他に怪我はないかと体を動かしていた時、向こうから水田の見回りをしていた村の衆に会い、助けられたのだった
「あっしは、世を拗ねた渡世モンでございやす。こんなヤクザな奴と係わっちゃぁ、おめぇさん方も・・・」
「ヤクザだろうがなんだろうが、困ったお人を見逃すわけにはいかない。しばらく、この村で養生するとええ」
と、村長は言ってくれた
その後、養生の甲斐あって足も治った
受けた恩を返す為に男はここで村の手伝いをすることにした
村長は、恩など返さなくても、困っている者を助けるのは当たり前だと言ってくれたが、
「ヤクザにも仁義っつうモンがありやす。受けた恩を返さなければ、あっしの気がすまねぇ。ここは、刀を鍬に持ち替えて少しずつ恩を返しやしょう」
そうして、男は村の空き家で暮らすこととなったのだった
それ以来、年寄りのところに行っちゃぁ手伝いを、ガキのいる家に行っちゃぁガキのお守りをといろいろとやっていた
そんなわけで、ヤクザだと言うのに村の皆は親しくしてくれていた。そんな村に、男も少しずつ惹かれていっていた
ある日の夕方、タツ坊がやってくると言った
「にぃちゃん!明日の朝方、早くに起きて?」
「なんでだ?」
「なんでも!」
「なにかいいことでもあるのか?」
「うん!」
顔をニコニコさせて頷くタツ坊
「・・・ふぅむ。よくわからんが・・・分かったタツ坊、できるだけ早くに起きてみらぁ」
「うん!ぜったいだよ!にぃちゃん」
そして、元気よく帰っていった
次の日の朝
タツ
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